法華経の中でも最も有名なエピソードの一つ「三車火宅の譬え」が、ここから始まります。私たちは、自分が「燃え盛る家」の中にいることさえ気づかずに、目先の遊びに耽っている。釈尊は、そんな愚かな私たちを救い出すために、あえて「嘘(方便)」を吐きました。その嘘の裏にある圧倒的な慈悲と、未来への約束を読み解きます。
華光如来。瑠璃の大地に刻まれる宿命
「舎利弗(しゃりほつ)よ。華光仏(けこうぶつ)がこの世を去った後、正しい教えが世にある時間は三十二小劫。そして悟りが得られなくなる時代が、また三十二小劫続くだろう」
世尊の声が、静まり返った大衆の中に響き渡る。その言葉は、未来の歴史を冷徹に、かつ熱く刻みつけていく。
「舎利弗は来世、普智尊(ふちそん)という仏となる。名は華光。数えきれない人々を、迷いの淵から悟りの境地へと引き上げるだろう。無数の仏を供養し、修行を極め、仏のみが持つ『十の力』をその身に備える。
その世界は『離垢(りく)』。欠点一つない清浄な地だ。大地は瑠璃で敷き詰められ、黄金の縄が道を区切る。七宝の樹々には常に花が咲き、果実が実る。そこに住む菩薩たちの意志は鋼のように堅固だ。
仏がまだ王子であった時、世の名誉を捨てて出家したように、華光仏もまた、最後には仏道を成す。寿命は十二小劫。民の寿命は八小劫。彼が去った後も、その教えは三十二小劫の間、衆生を導き続けるだろう。
おまえは、二本の足で立つ人間の中で最も尊き者となる。舎利弗よ、おまえ自身がその者なのだ。自らの幸運を、魂の底から喜ぶがいい」

歓喜。虚空を舞う天の衣と調べ
その言葉を聞いた瞬間、大衆の魂が爆発した。
出家した男たち、女たち、そして天、龍、夜叉……。舎利弗が未来に仏となると約束されたのを見て、彼らの心は躍り、歓喜は極限に達した。
誰もが、己の身につけた上衣を脱ぎ捨て、仏への供養として捧げた。帝釈天や梵天王らも、無数の天子と共に、天の衣や白い大きな蓮華を雨のように降らせる。虚空を舞う衣は、静かに回転しながら光を放った。
「世尊よ。あなたはかつてバラナシで、苦・集・滅・道という『四諦(したい)』を説かれました。五蘊(ごうん)という人間の構成要素の生滅を説かれました。だが今、それらを遥かに凌ぐ、不思議で深遠な、最高の教えをお説きになった。
私たちは、これほど優れた教えを聞いたことがありません。舎利弗が予言を受けた今、私たちも確信しています。私たちもまた、必ず仏となり、この世で最も尊き者になると」
彼らは、自らの過去から現在に至るまでの善行のすべてを、仏道という一点に注ぎ込む決意を固めた。
炎。朽ちゆく家の中で眠る子供たち
舎利弗は再び、世尊に向き直った。
「世尊よ。私の疑いは、今、完全に消えました。しかし、ここにいる千二百人の修行者たちは、かつてあなたが『私の教えは老病死を離れ、安らぎに至るものだ』と説かれたのを信じ、それを終着点だと思っていました。しかし、今の深遠な教えを聞き、彼らは再び惑っています。どうか、彼らの疑いを解いてください」
世尊は応えた。
「舎利弗よ。私は以前も言ったはずだ。諸仏が方便を用い、様々な言葉で教えを説くのは、すべて『この上ない悟り』へと導くためだ、と。
今、一つの喩えを話そう。智ある者は、この話によって真理を掴むだろう。
ある村に、一人の大長者がいた。
身は老い、衰えているが、財産は山をなし、多くの田畑や下男を抱えていた。彼の家は広大だったが、入り口はたった一つしかなかった。
その家には、数百人の人々が住んでいた。だが、家はあまりにも古びていた。垣根は崩れ、柱は腐り、梁は今にも落ちんばかりに傾いていた。
その時だ。突然、家のいたる所から火が吹き上がった。
長者の子供たちは、十人、二十人、あるいは三十人、その家の中にいた。
四方から迫る猛火を見て、長者は驚愕した。自分は何とか門から出られたが、子供たちはどうだ。彼らは燃え盛る家の中で、遊びに夢中になっている。熱さも、痛みも、死の恐怖も感じていない。火がすぐそこまで迫っているというのに、逃げようとする意志さえないのだ」
長者は思った。
「私には力がある。子供たちを抱えて脱出することもできるだろう。だが、この家の門はあまりにも狭い。子供たちは幼く、火の恐ろしさを知らない。無理に連れ出そうとしても、逃げ回って火に焼かれるかもしれない。言葉で説くしかない」
長者は叫んだ。
「おまえたち、早く出ろ! 家が燃えているんだ!」
だが、子供たちは父の言葉を信じない。驚きもしない。ただ、楽しそうに走り回って父を見ているだけだった。火とは何か、家を失うとはどういうことか。彼らにはその概念さえなかったのだ。

三つの車。方便という名の命の救済
長者は決断した。まともな言葉が通じないのなら、手段を選ぶ必要はない。
「子供たちが何を欲しがっているか、私は知っている。彼らが好む珍しい玩具を餌にするしかない」
長者は再び、大声で叫んだ。
「おまえたちが欲しがっていた、珍しい車が門の外にあるぞ! 羊が引く車、鹿が引く車、そして牛が引く車だ。今すぐ出れば、おまえたちの好きにさせてやろう。今逃さなければ、一生後悔するぞ!」
その言葉を聞いた瞬間、子供たちは色めき立った。
それぞれが欲しい車を手に入れようと、互いに押し合い、争うようにして、燃える家から飛び出してきた。
長者は、子供たちが無事に外の広場に座っているのを見て、安堵した。魂が震えるほどの喜びだった。
子供たちは父に詰め寄った。
「お父さん、さっき約束した車をください。羊と、鹿と、牛の車を!」
だが、長者は彼ら一人ひとりに、想像を絶するほど豪華な「一つの大きな車」を与えた。
それは宝石で飾られ、欄干が巡らされ、金の鈴が鳴り響く車だった。白い牛がそれを牽く。その牛は筋骨逞しく、風のように速く走る。
長者はあまりにも富裕だった。子供たちを差別することなく、最高のものを与えたのだ。
子供たちは驚喜した。それは、彼らが最初に望んでいたものとは比較にならない、本物の宝物だった。
世尊は問いかけた。
「舎利弗よ。この長者は、羊・鹿・牛の車を与えると嘘を吐き、実際には最高の大車を与えた。これは、嘘を吐いたことになると思うか?」
舎利弗は答えた。
「いいえ、世尊。嘘ではありません。長者は子供たちを火の難から救い、命を全うさせた。それだけで十分なのです。たとえ車を一毫も与えなかったとしても、命を救ったことが何よりの報いです。まして、さらに優れた車を与えたのですから」

慈悲。一切の父が振るう智慧の力
「その通りだ、舎利弗よ。如来もまた、この世のすべての父なのだ」
世尊の言葉に、さらなる熱がこもる。
「私は、この世のあらゆる恐怖、悩み、無知の闇を消し去った者だ。智慧の力、方便の力を完成させ、一切の衆生を救うために慈悲を注ぎ続けている。
この三界(欲界・色界・無色界)という世界は、朽ち果てた燃える家と同じだ。衆生は生老病死の火に焼かれ、欲に目が眩んでいる。貧困、別離、憎しみ……。その苦しみの中に沈みながら、彼らは遊び、笑い、そこから逃げ出そうともしない。
私は彼らの父として、この苦難を抜き去り、仏の智慧という無限の楽しみを与えたい。
だが、ただ神通力や智慧を誇っても、彼らは理解できないだろう。彼らはまだ煩悩の火の中にいる。だから私は、あの長者のように方便を用いたのだ。
『三つの乗り物(三乗)』。声聞(しょうもん)、縁覚(えんがく)、菩薩(ぼさつ)という段階を説いたのは、彼らを燃える家から連れ出すためだ。
私は言った。三界の家に住んではいけない。目に見えるもの、聞こえるもの、触れるもの……それらへの執着に焼かれてはいけない、と。
努力し、修行に専心せよ。そうすれば、聖者たちが称賛する自由な境地が得られる、と。
私は、おまえたちのために保証しよう。この道は決して空しくは終わらない。三つの車を餌に、私はおまえたちを真実の救いへと誘い出すのだ」


■ 主な参照文献
- 『現代語訳 法華経』(2025年11月刊」)
創価学会教学部 編(聖教新聞社)
※本文の構成・現代語訳・語義理解の確認に使用 - 『法華経(上)』
坂本幸男・岩本裕 訳注(岩波文庫、岩波書店)
※サンスクリット原典の構造および仏教用語の学術的確認のため参照 - 『妙法蓮華経 並開結』
(鳩摩羅什 訳)
※漢訳原典に基づく章構成・ストーリーの流れの確認に使用
