努力しているのに報われないのはなぜか――法華経が教える本当の答え

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目次

【読者体験談コーナー】寄せられた声から学ぶ「宿命転換」の実践

この記事では、読者の皆さんから寄せられた体験談をご紹介します。

「努力しているのに報われない」――誰もが一度は抱いたことのある悩みではないでしょうか。今回は、まさにそんな苦しみの中から、創価学会の法華経の教えによって人生を切り開いた方の体験談です。

失敗談も包み隠さず語ってくださったこの体験談には、同じように悩む多くの方への励ましと、実践的なヒントが詰まっています。

それでは、東京都在住の佐藤健太さん(仮名・32歳)の体験談をお届けします。


投稿者プロフィール

佐藤健太さん(仮名)
年齢:32歳
職業:NPO法人職員
居住地:東京都
学会歴:10年


はじめに:私も「報われない」と思っていた(というか今も時々思う)

「なんで自分ばっかり…」

就職活動で50社以上に応募して全滅。同級生は次々と内定をもらっているのに、自分だけ取り残されていく。真面目に勉強してきたのに、バイトも手を抜かずやってきたのに、なぜ自分は報われないのか。

あの頃の私は、努力が無駄だと感じていました。というか、履歴書を書きすぎて手首が腱鞘炎になりかけていました。努力の証が「腱鞘炎」って、なんか違くない?

でも今、あの「報われなかった時期」があったからこそ、今の自分があると確信しています。なぜそう思えるようになったのか――それは、創価学会で学んだ法華経の教えが、私の人生観を根本から変えてくれたからです。

この記事では、「努力しているのに報われない」と悩むあなたに、法華経が教える本当の答えをお伝えします。私自身の失敗体験も交えながら、できるだけわかりやすく解説していきます。(失敗体験だけは豊富にあるので安心してください)

第1章:「報われない」の正体――三世の因果とは

私の失敗談①:就職浪人の日々(別名:不採用通知コレクター時代)

大学4年生の春、私は完全に人生に迷っていました。

周りの友人たちは次々と内定をもらい、卒業旅行の計画を立てている。一方、私の手元にあるのは不採用通知の山だけ。もはや「不採用通知専用のファイル」を作るレベル。A4サイズで30枚超えた時は、変な達成感すらありました。

面接では緊張して言葉が出てこない。「あなたの長所は?」と聞かれて「え、えっと…真面目…です…」と答えるのが精一杯。そして面接官の「はぁ…」という微妙なリアクション。あれ、今でもトラウマです。

グループディスカッションではもっと悲惨でした。議論が白熱している中、私だけ完全に置いてけぼり。最後に「何か意見ありますか?」と振られて、「皆さんの意見、とても良いと思います」とか言っちゃう始末。今思えば、それ意見じゃなくて感想だから。

「こんなに努力しているのに、なぜ報われないんだ?」

毎日、そう思っていました。朝から晩まで企業研究をして、面接対策をして、自己分析を繰り返す。でも、結果は変わらない。努力と結果が全く比例していないように感じていたのです。

というか、努力量と不採用通知の枚数が比例していました。これ、逆の比例だから。

三世の因果――過去・現在・未来をつなぐ生命の法則

創価学会では、法華経に基づいて「三世の因果」という考え方を説いています。

三世の因果とは、生命は今世だけのものではなく、過去世・現在世・未来世の三世にわたって続いているという考え方です。

過去世の行為が因となって現在世(今世)の結果として現れ、また現在世の行為が因となって未来世の果をもたらすと、創価学会公式サイトでは説明されています。

つまり、今の「報われない」状況は、今世だけで説明できるものではないということです。過去世からの宿業(カルマ)が影響している可能性があるのです。

初めてこの話を聞いた時、私は思いました。「え、じゃあ過去世の俺、何やらかしたん?」と。もしかして面接官を困らせるようなことでもしたんでしょうか、過去世の私。

でも、冗談はさておき。

でも、それは「諦めろ」という意味ではない

ここで重要なのは、「過去世の業だから仕方ない」と諦めることではありません。

実は、仏教の歴史の中で宿業の考え方が運命決定論的に用いられたこともありましたが、本来は自身の運命は絶対的存在や超越的力で決まるものではなく、自身の行いによって決定できるという自己決定権を教えるものなのです。

つまり、「宿命は変えられる」――これが法華経の核心的なメッセージです。

過去世の自分が何をしたかは知らないけど(知りたくもない)、今の自分の行動で未来は変えられる。この考え方、めちゃくちゃ希望がありませんか?

第2章:「宿命転換」――運命を変える力

日蓮大聖人が教える宿命転換

創価学会では、日蓮大聖人の仏法は、生命を根源から変革して、自身の運命を切り開き、現在と未来にわたって、幸福境涯を確立する宿命転換の仏法であると教えています。

宿命転換とは、定まって変えがたいと思われる運命であっても、正しい仏法の実践によって転換できることを意味します。

そして、その実践の核心が「南無妙法蓮華経」の題目を唱えることなのです。

私の失敗談②:初めての勤行で挫折(というか爆睡)

「南無妙法蓮華経って唱えればいいんでしょ?簡単じゃん」

創価学会に入会した当初、私はそう思っていました。ところが、いざ勤行(ごんぎょう)を始めてみると、これが想像以上に難しい。

法華経の方便品と寿量品を読経し、題目を唱える――この一連の行為が、初心者の私には長く感じられました。漢字は読めないし、リズムも分からない。10分の勤行が1時間のように感じられたのです。

最初の1週間で、私は3回サボりました。

いや、正確に言うと「サボった」んじゃなくて、座ったまま寝落ちしてました。朝の勤行、きついんですよ。読経しているつもりが、気づいたら「むにゃむにゃ…」って。仏様に完全に失礼なやつ。

4日目の朝なんて、読経の途中で夢を見ました。夢の中で面接を受けてて、面接官に「唱題、もっと大きい声で!」って言われてる夢。起きたら冷や汗びっしょり。もはや勤行なのか悪夢なのか分からない状態です。

「やっぱり自分には無理なのかな」そう思い始めた時、先輩の学会員の方が言ってくれた言葉があります。

「完璧にやろうとしなくていいんだよ。大切なのは、続けること。たとえ1分でも、題目を唱える。それが大切なんだ」

この言葉、めちゃくちゃ救われました。「寝落ちしてもいいのか!」とは思いませんでしたが(いや、ダメでしょ)、「完璧じゃなくてもいい」という言葉に、ものすごく肩の荷が下りたんです。

「転重軽受」――重い宿業を軽く受ける

法華経の教えには「転重軽受(てんじゅうきょうじゅ)」という概念があります。

「重きを転じて軽く受く」と読み、過去世の重い罪業によって、今世だけでなく、未来世にわたって、重い苦しみの報いを受けていなくてはならないところを、現世に正法を信じ、広めると、その実践の功徳力によって、重罪の報いを一時に軽く受けて、罪業をすべて消滅させることができるというものです。

つまり、今、あなたが経験している「報われない」苦しみは、実は過去世からの重い宿業を、今生で軽く受けて消滅させるチャンスなのかもしれません。

これを聞いた時、私は思いました。「じゃあ就職活動50連敗って、実はラッキーだったってこと?」と。

まあ、当時はそんな風に思えませんでしたけどね。不採用通知が届くたびに「軽く受けてるぅ〜!」とか叫んでましたから。完全にヤバい人です。

第3章:「宿命を使命に変える」――池田大作先生の指針

私の失敗談③:会社をクビになった日(人生最大の「え?」体験)

就職浪人の末、やっと入社できた会社。しかし、そこで待っていたのは想像を絶する過酷な環境でした。

上司のパワハラ、理不尽なノルマ、毎日終電までの残業。心も体もボロボロになっていきました。そして入社から8ヶ月後、ついに私は「能力不足」を理由に解雇を言い渡されたのです。

その日のこと、今でも鮮明に覚えています。

上司に呼ばれて会議室に入ると、人事部長もいる。「あれ?なんか嫌な予感」と思った瞬間、「君には今月いっぱいで辞めてもらうことになった」と。

え?

え??

いや、待って。50社落ちてやっと入った会社なんですけど。8ヶ月必死に働いたんですけど。毎日終電まで残業したんですけど。

頭の中が真っ白になって、何を言われたのかよく覚えていません。ただ、会議室を出た後、トイレに駆け込んで、個室の中で30分くらい放心状態でした。

「努力しても、全然報われないじゃないか」

絶望の中、私は題目を唱えることすらできなくなっていました。というか、「南無妙法蓮華経」って唱える気力すらなくて、ただただ「なんで、なんで、なんで…」って壁を見つめてました。

「宿命を使命に変える」という視点

そんな私を救ってくれたのが、池田大作先生(創価学会第3代会長・名誉会長)の言葉でした。

法華経には「願兼於業(がんけんおごう)」という教えがあります。菩薩が、悪世で苦しむ人々を救うために、わざわざ願って、自らの清浄な業の報いを捨てて、悪世に生まれることを指します。

池田先生は、この法理をもとに「宿命を使命に変える」という生き方を示されました。

池田先生は次のように語っています:

「誰しも宿命はある。しかし、宿命を真っ正面から見据えて、その本質の意味に立ち返れば、いかなる宿命も自身の人生を深めるためのものである。そして、宿命と戦う自分の姿が、万人の人生の鏡となっていく」

この言葉を読んだ時、私の心に光が差し込みました。

会社をクビになったこと、就職活動で苦しんだこと――それらは、単なる「不幸」ではなかったのです。同じように苦しんでいる人たちに、希望を示すための「使命」だったのかもしれない。

そう考えた時、私の心は不思議と軽くなりました。

まあ、それでも翌日は普通に落ち込みましたけどね。「使命とか言ってる場合じゃない、明日からどうしよう」って。人間、そんな簡単には悟れません。

でも、その言葉がどこかに残っていて、少しずつ、少しずつ、前を向けるようになっていったんです。

第4章:「人間革命」――自分を変えることで世界を変える

人間革命とは何か

創価学会の思想の核心は「人間革命」という言葉に集約されます。

「人間革命」とは、自分自身の生命や境涯をよりよく変革し、人間として成長・向上していくことです。

池田先生の小説『人間革命』の冒頭には、こう書かれています:

「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」

つまり、自分が変われば、周りも変わる。一人の人間革命が、社会全体を変える力を持っているということです。

私の失敗談④:「自分は変わった」と思い込んだ傲慢(調子に乗るの早すぎ問題)

会社を解雇された後、私は必死に勤行・唱題に励みました。毎朝5時に起きて1時間の唱題。夜も寝る前に30分。

もう寝落ちなんてしません。マジで起きてます。目、カッと開けてます。

そして3ヶ月後、新しい会社に再就職できたのです。

「やった!人間革命できた!」

私は有頂天になりました。学会の座談会でも、「自分は宿命転換できました!」と体験発表をしました。

「辛い時期を乗り越えて、今は新しい会社で充実した日々を送っています!皆さんも絶対に宿命転換できます!」

なんて、めちゃくちゃ良いこと言ってる風でしょ?でもね、完全に調子に乗ってました。

ところが、新しい会社でも同じようなパターンが繰り返されたのです。

最初は順調だったのに、半年後には上司との関係が悪化。仕事でもミスが続き、またストレスで心身ともに疲弊していきました。

「あれ?宿命転換したはずなのに、なぜ?」

座談会で体験発表した時の自分の言葉が、ブーメランのように突き刺さりました。「絶対に宿命転換できます!」って言ったの、3ヶ月前の自分じゃん。早すぎるよ、フラグ回収。

その時、先輩の学会員の方に言われた言葉が今も忘れられません。

「人間革命は、一度やったら終わりじゃないんだよ。毎日、毎日、自分と戦い続けること。それが人間革命なんだ」

ガツンときました。

そうか、私は「再就職できた」という結果だけを見て、「人間革命できた!」って思い込んでいたんです。でも、本当の人間革命は、そこからが始まりだったんですね。

人間革命は終わりのない挑戦

「冬は必ず春となる」「大悪が起これば必ず大善がくる」などと、人生において直面するいかなる困難をも前向きにとらえ前進のバネとしていく変革の生き方を日蓮大聖人は説いています。

つまり、「報われない」と感じる今この瞬間も、実は大きな飛躍の前触れなのかもしれません。

私は、その言葉を胸に、もう一度基本に立ち返りました。

朝晩の勤行を続けること。感謝の心を持つこと。人の役に立つことを考えること。

そうした日々の積み重ねの中で、少しずつ、本当の意味での「人間革命」が始まっていったのです。

ただし、また寝落ちしたことは内緒です。(完全に成長してない)

第5章:「信心即生活」――日常の中で実践する

信心と生活は別物ではない

創価学会の教えで特徴的なのは、信仰と生活を切り離して捉えないという点です。

日蓮大聖人の御書には「御みやづかいを法華経とおぼしめせ」とあり、日々の生活が、そのまま仏道修行の場であり、信心を根本とした自身の生き方を示す場であると教えられています。

つまり、お寺にこもって修行するのではなく、仕事や家庭、地域社会という現実の生活の中で信心を実践することが大切なのです。

私の失敗談⑤:「仕事は仕事、信心は信心」だと思っていた(見事な二重生活)

当初、私は勤行と日常生活を完全に分けて考えていました。

朝晩の勤行はきちんとやる。でも、会社では「信心のことは関係ない」と思っていました。

だから、朝は真剣に題目を唱えて「今日も一日頑張ります!」とか言っておきながら、会社に着いた瞬間に「あ〜、マジだるい」とか言ってました。完全に別人格。

上司に理不尽なことを言われても、「まあ、仕事だし仕方ないよね」と我慢するだけ。同僚が困っていても、「自分の仕事で精一杯だから」とスルー。

家に帰ると、また勤行して「今日も一日ありがとうございました」とか唱える。

いや、ありがとうじゃないよ。全然実践してないよ、あなた。

ところが、そういう姿勢だったからこそ、職場での問題が解決しなかったのだと、後になって気づきました。

信心の本質は、生活の中で実践すること。仕事での困難も、人間関係の悩みも、全てが自分を成長させるための修行の場なのです。

上司とぶつかった時、すぐに逃げ出すのではなく、「この人との関係の中で、自分は何を学ぶべきなのか」と考えるようになりました。

仕事で失敗した時、人のせいにするのではなく、「この失敗から何を学べるか」と自問するようになりました。

そうした姿勢の変化が、少しずつ現実を変えていったのです。

まあ、最初は「学ぶべきこと」が見つからなくて、「いや、どう考えてもこの上司が悪いでしょ」とか思ってましたけどね。人間革命、一筋縄ではいきません。

第6章:「努力は必ず実を結ぶ」――でも、形は違うかもしれない

努力の成果は、思っていた形とは違うかもしれない

創価学会の教えに触れて、私が一番大きく変わったのは「報われる」ということの捉え方です。

就職活動で苦しんでいた時、私が求めていたのは「大企業への内定」でした。それが「報われる」ことだと思っていたのです。

でも、実際に自分が本当に成長したのは、小さな会社で挫折を繰り返した経験の中でした。

私の体験:努力が花開いた瞬間(そして涙腺崩壊)

会社をクビになり、再就職し、また失敗し――そんな紆余曲折を経た末、私は今、NPO法人で働いています。

給料は大企業に比べれば高くありません。というか、めちゃくちゃ低いです。同窓会で「今、年収いくら?」とか聞かれても、正直に答えられないレベル。

でも、毎日が充実しています。就職氷河期で苦しんだ経験を活かして、同じように悩む若者たちの支援をする仕事です。

ある日、支援した若者から言われました。

「あなたの話を聞いて、希望が持てました。自分も頑張れそうです」

その瞬間、全てが繋がった気がしました。

就職活動で苦しんだこと、会社をクビになったこと、何度も挫折したこと――それら全てが、今この仕事をするために必要な経験だったのだと。

不採用通知を30枚以上もらったこと。面接で緊張しすぎて変な汗をかいたこと。上司に怒鳴られたこと。勤行中に寝落ちしたこと(これは関係ない)。

全部、全部、意味があったんです。

池田先生は「夢と現実を結ぶ橋は『努力』です。努力する人は希望がわいてくる。希望とは、努力から生まれるのです」と。

また、「もちろん、一生懸命、頑張っているのに、なかなか思うような結果が出ないこともある。でも、必ず努力が花開く時が来ます」とも語っています。

努力は必ず実を結ぶ――ただし、自分が想像していた形とは違うかもしれない。でも、それでいいのです。

というか、想像していた形より、ずっと良い形で実を結ぶかもしれません。

私、大企業に就職していたら、絶対に今のような仕事はしていなかったと思います。給料は良かったかもしれないけど、「自分の人生、これでいいのかな」って思っていたかもしれません。

今は給料低いけど(2回目)、でも、毎日「今日も良い一日だった」って思えます。それって、すごく幸せなことじゃないですか?

第7章:法華経が教える「報われる」の本当の意味

外的な成功だけが「報われる」ではない

法華経の核心的な教えは、万人成仏という思想です。

法華経は万人に仏界がそなわっており、誰もが成仏できると説く経典です。

つまり、どんな人でも、その内に仏の生命を持っている。その仏の生命を開花させることが、本当の意味での「報われる」ことなのです。

社会的な成功や金銭的な豊かさも大切ですが、それ以上に大切なのは、自分自身の生命境涯を高めること。どんな状況でも希望を持ち、前向きに生きられる強い心を築くこと。

それこそが、法華経が教える真の幸福なのだと、私は理解しています。

今、報われないと感じているあなたへ

もしあなたが今、「努力しているのに報われない」と感じているなら、それは決して無駄ではありません。

その苦しみの中で、あなたの生命は確実に鍛えられています。そして、その経験は必ず、未来のあなたを支える力になります。

日蓮大聖人は「鉄は鍛え打てば剣となる。賢人・聖人は罵られて試されるものである」と述べています。

今の苦難は、あなたを磨くためのものなのです。

ただし、磨かれている最中はめちゃくちゃ痛いです。それは認めます。「いや、痛いんですけど!」って叫びたくなります。私も何度も叫びました。

でも、その痛みを乗り越えた先に、必ず光があります。

おわりに:私の人生を変えた法華経の教え(そして続く人間革命の旅)

最初に書いた就職活動での挫折から、もう10年以上が経ちました。

振り返ってみると、あの時「報われなかった」ことが、今の私を作っています。

創価学会の法華経の教えに出会わなければ、私はきっと挫折したままだったでしょう。「どうせ自分なんて」と諦めて、人生を投げ出していたかもしれません。

でも、「宿命転換」「人間革命」という教えを知り、実践することで、私は変わることができました。

完璧な人間になったわけではありません。今でも失敗はしますし、悩むこともあります。でも、その度に、また立ち上がれる。そういう強さを、少しずつ身につけてきました。

ちなみに、今でも勤行中にたまに寝落ちしそうになります。特に冬の朝。でも、以前より減りました。これも成長です(多分)。

あなたの努力も、決して無駄ではありません。今は見えなくても、必ず実を結ぶ日が来ます。

その日まで、一緒に歩んでいきましょう。

私も、まだまだ人間革命の途中です。一緒に頑張りましょう。

そして時々、笑いましょう。人生、真面目すぎても疲れちゃいますから。

(佐藤健太さんの体験談は以上です)


サイト主より

佐藤さん、貴重な体験談をありがとうございました!

失敗談を包み隠さず語ってくださったことで、多くの読者の方が「自分だけじゃないんだ」と勇気づけられたのではないでしょうか。

特に印象的だったのは、「人間革命は一度やったら終わりじゃない」という気づきです。私たちは往々にして、一つの困難を乗り越えただけで「もう大丈夫」と思いがちですが、人間革命は毎日の積み重ねなんですね。

また、「報われる」の形が、自分の想像とは違っていたという点も重要です。大企業への就職を目指していた佐藤さんが、最終的にはNPO法人で「毎日が充実している」と感じられるようになった――これこそが、法華経が教える真の宿命転換なのかもしれません。

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  • 信心の実践で人生が変わったエピソード
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