
【読者体験談コーナー】
今回お届けするのは、大阪府在住の山本慎一さん(仮名・40歳)からの投稿です。
「頑張ること」に疲れ果て、燃え尽き症候群に陥っていた山本さんが、創価学会の教えと出会い、「本当の努力とは何か」を見出すまでの過程を綴っていただきました。
前回までの佐藤さん、田中さんとはまた違った、冷静で分析的な視点が特徴的な体験談です。山本さん独特の語り口をお楽しみください。
投稿者プロフィール
山本慎一さん(仮名)
年齢:40歳
職業:IT企業勤務(プロジェクトマネージャー)
居住地:大阪府
学会歴:5年

序章:努力教の信者だった私
結論から言おう。私は「努力教」の熱心な信者だった。
朝5時起床、夜12時就寝。その間、ほぼ休みなく仕事。週末も勉強会や資格取得のための学習。ジムにも通い、自己啓発書を読み漁り、常に「成長」を意識して生きていた。
30代半ばで課長に昇進し、年収も1000万を超えた。客観的に見れば「成功者」だろう。実際、大学の同窓会では羨ましがられた。
でも、正直に言うと、幸せではなかった。
むしろ、疲れていた。心の底から、疲れていた。
そんな私が創価学会に入会したのは、妻の強い勧めだった。正直、最初は「宗教なんて弱い人間がすがるもの」くらいに思っていた。失礼な話だが、本当にそう思っていた。
しかし、学会で学んだ「本当の努力」という概念が、私の人生観を根底から覆すことになる。
この記事では、「頑張ること」に疲れ果てた私が、どのようにして「頑張らない頑張り方」を見つけたのかを記録したい。
第1章:燃え尽き症候群という名の破綻
データで見る私の生活(入会前)
- 平均睡眠時間:5時間
- 週の労働時間:70時間以上
- 運動:週3回ジム
- 読書:月10冊
- 資格:保有数12個
これだけ見ると、立派な「意識高い系」である。我ながら呆れる。
崩壊の兆し
37歳の秋、プロジェクトが炎上した。
原因は複合的だが、端的に言えば私の判断ミスだ。疲労で思考力が低下していたことは否定できない。
そのプロジェクトの失敗で、約3000万円の損失。部下2名が退職。私自身は降格こそ免れたが、ボーナスは大幅カット。
正直、どうでもよくなった。
「こんなに頑張ってきたのに、これか」
努力は裏切らない?嘘だ。努力は普通に裏切る。
「頑張らない」という選択肢
妻に「少し休んだら?」と言われた。
「休む?冗談じゃない。ここで休んだら終わりだ」
そう言い返したが、実際のところ、もう限界だった。
朝、起きられない。勤行?そんなもの続くはずがない。妻が毎朝唱題している横で、私は布団にくるまっていた。
正直、うるさかった。「南無妙法蓮華経」という声が、責められているように聞こえた。

第2章:日蓮大聖人の「御みやづかい」という概念
転機は座談会での一言
入会から3ヶ月後、渋々参加した座談会で、ある先輩がこう言った。
「日蓮大聖人は『御みやづかいを法華経とおぼしめせ』と仰せです。つまり、仕事そのものが修行なんです」
は?
仕事が修行?じゃあ私は十分すぎるほど修行してきたじゃないか。
でも、その先輩は続けた。
「ただし、それは『死ぬほど働け』という意味じゃない。仕事を通じて、自分の生命を輝かせることが大事なんです」
創価学会公式サイトの解説
後日、創価学会公式サイトで「信心即生活」について調べた。
そこには、信仰と生活は切り離して捉えるものではなく、日々の生活がそのまま仏道修行の場であると書かれていた。
さらに、「信心を草木の根に譬えれば、生活は、豊かな果実を実らせる幹や枝に譬えることができます」とある。
要するに、信心(=心の在り方)が根本にあって、その上に生活が成り立つということだ。
私の場合、逆だった。
生活(=仕事)が全てで、心は二の次だった。というか、心の存在すら忘れていた。
戸田第2代会長の指導
戸田城聖第2代会長は、「信心は一人前でよい。仕事は三人前、働きなさい」と述べていたそうだ。
最初、この言葉を聞いた時、「やっぱり頑張れってことじゃないか」と思った。
でも、違った。
「信心は一人前でよい」――つまり、完璧を求めるなということだ。
私は、信心においても「一人前以上」を目指そうとしていた。勤行も完璧に、唱題も長く、学会活動も積極的に。
結果、また疲れた。

第3章:「頑張らない頑張り方」の発見
池田先生の「自分で自分をあきらめるな」
池田大作先生の『青春対話』に、こんな言葉がある。
「青春の失敗とは、失敗を恐れて挑戦しないことです。また、自分で自分をあきらめてしまうことです」
そして、「負けなければ、苦しんだ分だけ、将来、必ず大きな花が咲くのです」とも。
つまり、大事なのは「諦めないこと」であって、「24時間働くこと」ではない。
私は、「頑張る=長時間労働+自己犠牲」だと思い込んでいた。
でも、本当の頑張りは、「自分を大切にしながら、継続すること」なのだと分かった。
実験:1日1時間だけ頑張る
入会から半年後、私は実験を始めた。
毎日、たった1時間だけ、本気で集中して仕事をする。残りの時間は、適当に流す。
結果は驚くべきものだった。
生産性が上がった。
理由は単純だ。疲れていないから、判断力が落ちない。ミスが減る。部下への指示も的確になる。
そして何より、心に余裕ができた。
「信心の根が深ければ」の意味
創価学会の教えに、「信心の根が深ければ深いほど、盤石な生活を築いていける」とある。
最初は意味が分からなかった。信心の根?何それ?
でも、実践していく中で分かってきた。
信心の根が深いというのは、「御本尊への確信」が深いということだ。
「必ず道は開ける」という確信。「自分は守られている」という安心感。
その確信があれば、無理に頑張る必要がない。自然体でいられる。

第4章:私の失敗――「無理しない」を勘違いした話
調子に乗って全部やめた事件
「頑張らなくていいんだ!」と気づいた私は、調子に乗った。
朝の勤行?やめた。
唱題?気が向いた時だけ。
学会活動?行かない。
仕事?最低限でいい。
結果、1ヶ月後、また問題が起きた。
プロジェクトの納期に間に合わず、クライアントから激怒される。上司からも厳重注意。
「あれ?おかしいな。無理しないって決めたのに」
妻に相談したら、呆れられた。
「無理しないと、何もしないは違うでしょ」
正論である。
「信心即生活」の本当の意味
再び学会指導を読み直した。
「信心を根本に置かない生活は、環境に流されてしまう根無し草になりがち」
まさに私だった。
「頑張らなくていい」を都合よく解釈して、ただのサボりになっていた。
本当の意味での「頑張らない頑張り方」は、信心を根本に置いて、その上で無理のない努力を継続することだった。
池田先生の「今が一番大事」
池田先生は「”今”が一番大事である。過去を振り向いてはいけない」と述べている。
この言葉、深い。
私は常に「将来のため」に頑張ってきた。でも、その「将来」はいつまで経っても来ない。
大事なのは「今」だ。今、この瞬間を充実させること。
そのために、今できることを、無理のない範囲でやる。
それが「本当の努力」なのだと、やっと理解した。

第5章:「一人の人間革命」という希望
小説『人間革命』の一節
池田先生の小説『人間革命』の冒頭に、有名な一節がある。
「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」
最初、この言葉を読んだ時、正直、大げさだと思った。
一人の人間が変わったくらいで、国や人類が変わる?非現実的だ。
でも、私の場合、確かに周りが変わった。
私が変わったら、部下が変わった
「頑張らない頑張り方」を実践し始めてから、私は部下に対する態度も変えた。
無理な納期は断る。残業は極力させない。「頑張れ」ではなく「無理するな」と言うようにした。
最初、部下たちは戸惑っていた。「課長、どうしたんですか?」と。
でも、3ヶ月後、変化が表れた。
部下たちが自発的に動くようになった。私が指示しなくても、勝手に問題を解決してくる。
そして、退職者が減った。
プロジェクトの成功率も上がった。
「自分だけの幸福もなければ」
池田先生は、「自分だけの幸福もなければ、他人だけの不幸もない」と述べている。
これ、本当にそうだと思う。
私が疲弊していた時、部下も疲弊していた。
私が余裕を持てるようになったら、部下も余裕を持てるようになった。
自分が幸せじゃないと、周りも幸せにできない。
逆に、自分が幸せになれば、周りも幸せになる。

第6章:現在の私――まだまだ道半ば
データで見る私の生活(現在)
- 平均睡眠時間:7時間
- 週の労働時間:50時間程度
- 運動:週1回、気が向いた時
- 読書:月3冊
- 資格:もう取らない
客観的に見れば、「劣化」している。
でも、幸福度は明らかに上がった。
「学会永遠の五指針」という指標
創価学会には、「学会永遠の五指針」というものがある。
- 一家和楽の信心
- 幸福をつかむ信心
- 難を乗り越える信心
- 健康長寿の信心
- 絶対勝利の信心
以前の私は、「絶対勝利」だけを追い求めていた。
でも、本当は全部大事なんだ。家族との和楽も、健康も、幸福も。
バランスが大事。
まだまだ失敗する
正直に言うと、今でも失敗する。
先月も、つい「もっと頑張らないと」と思って、また無理をして、また疲れた。
妻に「また始まった」と呆れられた。
学習能力がないのかもしれない。
でも、以前と違うのは、「また戻ればいい」と思えること。
失敗しても、また信心に立ち返ればいい。御本尊に向かって、「すみません、また調子に乗りました」と素直に謝ればいい。
それでいい。

終章:頑張ることに疲れたあなたへ
もしあなたが、「頑張ることに疲れた」と感じているなら、一度立ち止まってほしい。
あなたが頑張っているのは、本当にあなたのためだろうか。
それとも、誰かの期待に応えるためだろうか。
あるいは、「頑張っていないと不安」だからだろうか。
創価学会の「信心即生活」という教えは、「仕事を頑張れ」という意味ではない。
「信心を根本に、自分らしく生きろ」という意味だ。
日蓮大聖人の「御みやづかいを法華経とおぼしめせ」という御書は、「仕事で自己犠牲しろ」という意味ではない。
「仕事を通じて、自分の生命を輝かせろ」という意味だ。
池田先生の「負けなければ、苦しんだ分だけ、将来、必ず大きな花が咲く」という言葉は、「死ぬまで頑張れ」という意味ではない。
「諦めずに、自分のペースで進め」という意味だ。
私はまだ、「本当の努力」を完全には理解できていない。
でも、少しずつ分かってきた。
本当の努力とは、自分を大切にしながら、継続することだ。
無理をせず、でも諦めず、自分のペースで進むことだ。
あなたも、一緒に歩いてみませんか。
完璧じゃなくていい。
ただ、諦めないで。
(山本慎一さんの体験談は以上です)

編集部より
山本さん、率直で論理的な体験談をありがとうございました。
前回の佐藤さん、田中さんとはまた違った、冷静で分析的な視点が印象的でした。特に、「努力教の信者だった」という表現や、自身の生活をデータで示す手法は、山本さんならではのアプローチですね。
「頑張ることに疲れた」という現代人の悩みに対して、創価学会の「信心即生活」という教えがどのように答えを示すのか、具体的な実践例とともに語っていただきました。
また、「無理しない」を勘違いして全部やめてしまったエピソードも、多くの方が共感できるのではないでしょうか。私たちは往々にして、極端から極端に振れてしまいがちです。
大切なのは、池田先生が示された「”今”が一番大事」という視点。未来のために今を犠牲にするのではなく、今この瞬間を充実させること。それが「本当の努力」なのだという山本さんの気づきは、多くの読者の心に響くと思います。
あなたの体験談も募集中!
このコーナーでは、読者の皆さんからの体験談を募集しています。
- 頑張りすぎて疲れた経験
- 「本当の努力」を見つけた体験
- 信心で人生が変わったエピソード
- 失敗から学んだこと
どんな小さな体験でも構いません。あなたの体験が、同じように悩んでいる誰かの励みになるかもしれません。
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参考文献・出典
- 創価学会公式サイト「信心即生活」https://www.sokagakkai.jp/philosophy/buddhism/faith-equals-daily-life.html
- 創価学会公式サイト「信心の目的『学会永遠の五指針』について」https://www.sokanet.jp/recommend/new-member/devotion/page101.html
- 池田大作『青春対話』
- 池田大作『人間革命』
- 日蓮大聖人御書全集
