前回の「方便品 ①」では、釈尊が深い瞑想から立ち上がり、仏の智慧の深遠さを語り始めた場面までを解説しました。
②では、弟子の舎利弗(しゃりほつ)が疑問をぶつけ、釈尊が一度は説法を拒みながらも、ついに「一仏乗」の真実を語り出す劇的な展開を紐解いていきます。

妙法蓮華経 方便品第二②「ただ一仏乗のみ」
仏の沈黙と、これまでの教えの終わり
仏は、まだ語らなかった。
霊鷲山に集った者たちは、その沈黙が偶然ではないことを知っていた。
この場にいる誰もが、これまで数えきれない説法を聞いてきた。
四諦も、十二因縁も、六波羅蜜も。
それらはすべて、すでに語られてきた。
だが、今の沈黙は、それらとは質が違った。
仏は、ゆっくりと目を開いた。
視線が、会衆をなぞる。
比丘たち、菩薩たち、天や龍に至るまで、逃げ場はなかった。
そして、仏は語り始めた。
この法は、深い。
きわめて深く、測りがたい。
理解することは難しく、分別の及ぶところではない。
声聞や縁覚の智慧では、到底、到達できない。
なぜなら、これは、諸仏のみが究めた法だからだ。
過去の仏も、未来の仏も、現在の仏も、
皆、この一つの法を悟り、皆、この一つの法を説いてきた。

方便として説かれてきたすべての教え
仏は、静かに続けた。
自分が説いてきた教えは、多くある。
だが、それらはすべて、衆生を導くための方便であった。
衆生の能力は、それぞれ異なる。
理解の速さも、深さも、歩みも違う。
だからこそ、仏は、さまざまな言葉を用い、
さまざまな道を示してきた。
しかし、目的は一つである。
仏となること。
それ以外にはない。
この言葉が発せられたとき、
会衆の中に、ざわめきが生まれた。
声聞たちは、戸惑った。
自分たちは、解脱を得るために修行してきた。
涅槃を究極として、歩んできた。
それが、方便だったと言われる。
理解が、追いつかない。

舎利弗の三度の願い
その空気を切り裂くように、
舎利弗が立ち上がった。
合掌し、仏に向かって語る。
「世尊。
今、仏が説かれた法は、あまりにも深い。
私たちの智慧では、到底、理解できません。
どうか、もう少し、明らかに説いてください」
仏は、すぐには答えなかった。
舎利弗は、もう一度、願い出た。
それでも、仏は、沈黙を守った。
三度目の願い。
そのとき、仏は、ついに口を開いた。
これ以上説けば、
驕り高ぶった者は、必ず誹謗する。
理解できぬ者は、混乱し、退転する。
それでも、舎利弗は退かなかった。
自分だけではない。
この場にいる無数の衆生が、
この法を求めている。
その覚悟を見て、
仏は、語ることを決めた。

一仏乗というただ一つの道
よく聞きなさい。
よく受け止めなさい。
諸仏が世に出る理由は、ただ一つ。
衆生に、仏の智慧を開き、
示し、悟らせ、
その道に入らせるためである。
仏は、決して、二つの道を立てない。
三つの道を究極としない。
あるのは、ただ一つ。
仏の道だけである。
声聞乗も、縁覚乗も、
それ自体が究極なのではない。
それらは、すべて、
仏乗へと導くための仮の名であった。
この世に、二つの仏の道はない。
ましてや、三つなど、あるはずがない。
この言葉は、
これまでのすべての教えを、
内側から組み替えた。

諸法実相と、理解し始めた沈黙
仏は、さらに語った。
諸法は、ありのままであり、
生じ、住し、変じ、滅する。
その本質は、
相であり、性であり、体であり、力であり、
作であり、因であり、縁であり、果であり、
報であり、
そして、最初から最後まで、ことごとく等しい。
この世界に存在するすべての法は、
仏の智慧の中で、分断されていない。
理解するかどうかは、
衆生の側の問題であって、
法そのものは、常に一つである。
舎利弗は、黙って聞いていた。
疑いは、消えていった。
恐れも、なかった。
ただ、
自分がこれまで到達したと思っていた境地が、
仏の道の入口にすぎなかったことを、
はっきりと悟った。
会衆もまた、同じだった。
誰一人、席を立たない。
誰一人、言葉を挟まない。
今、語られているのは、
方便ではなく、
方便を超えた理由そのものだった。
仏は、なおも語り続ける。
過去の諸仏も、
未来の諸仏も、
現在の諸仏も、
皆、この一つの仏乗を説いてきた。
その語り方が違っただけで、
目的は、少しも違わない。
ここに至って、
会衆の空気は、完全に変わった。
待つ者の沈黙ではない。
理解し始めた者の沈黙だった。
仏は、静かに言葉を結ぶ。
今、私は、
この最も深い法を、
分け隔てなく説いた。
これを疑う者は、
自ら道を閉ざすだろう。
だが、受け取る者には、
必ず、仏の智慧が開かれる。
霊鷲山は、再び、静まった。
しかし、その静けさは、
序品の沈黙とは違っていた。
ここから先、
世界は、同じではいられない。
そう理解した沈黙だった。


■ 主な参照文献
- 『現代語訳 法華経』(2025年11月刊」)
創価学会教学部 編(聖教新聞社)
※本文の構成・現代語訳・語義理解の確認に使用 - 『法華経(上)』
坂本幸男・岩本裕 訳注(岩波文庫、岩波書店)
※サンスクリット原典の構造および仏教用語の学術的確認のため参照 - 『妙法蓮華経 並開結』
(鳩摩羅什 訳)
※漢訳原典に基づく章構成・ストーリーの流れの確認に使用
