譬喩品第三①|舎利弗の歓喜と華光如来への予言

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譬喩品第三の現代語訳を5回にわたって掲載します。現代を生きる私たちは、常に「自分はこのままでいいのか」という空虚感や、「自分だけが本質から取り残されている」という疎外感に苛まれています。釈尊の弟子の中で「智慧第一」と称された舎利弗(しゃりほつ)もまた、その深い闇の中にいました。この譬喩品第三は、その絶望が「真実の覚悟」へと変わる、劇的な魂の転換点です。AI時代の指針となる「一乗(すべての人が救われる道)」の本質が、ここに刻まれています。


目次

咆哮。舎利弗、魂の懺悔

その時、舎利弗は立ち上がった。
歓喜がその体を突き抜けた。震える両手を合わせ、じっと世尊のお顔を仰ぎ見る。その瞳には、かつてない光が宿っていた。

「世尊よ。今、あなたに従ってこの教えの声を聞き、私の心は躍っています。これほどまでに、今までに経験したことのない思いを懐いたことはありません」

舎利弗の声は、静かだが熱かった。

「なぜか。私は、昔、仏に従いこのような教えを聞き、諸々の菩薩たちが仏になると予言されるのを見てきました。しかし、私たちはそのようにはならなかった。私は、如来の計り知れない事物に対する正しい認識を、自ら失ってしまったと感じ、非常に悲しく思っていたのです。

私は、常に一人、山や林の樹の下へ行き、座禅をし、歩きながら考えていました。私たちもまた、すべての存在の真の本性を理解しているはず。なのに、なぜ如来は、自己の悟りを第一とする小乗の教えによって、人々を救おうとされるのか。

だが、それは私の過ちであり、世尊の過ちではありませんでした。もし私が、大乗の教えを説いてくださることを信じて待っていたならば、必ずや救済の道によって悟りを得られたでしょう。私は、相手に応じた『方便』という智慧を理解せず、最初に説かれた仏法を偶然に受け入れ、勝手に確信を得ていただけだったのです。

世尊、私は昼も夜も、自らを責め続けてきました。しかし今、今まで一度も聴いたことがなかった教えを聞き、疑惑は消え去りました。身も心も、今は安らかで穏やかです。今日、私は自覚しました。真にこれこそが仏の弟子であると。仏の口より生まれ、仏の教えの分け前を得ることができたのだと」

 孤独な思索の果て、真実の光を見出した修行者

詩(うた)。風を切り、闇を裂く智慧

舎利弗は重ねて、その意味を詩(うた)に込めて語り始めた。

「私はこの説法の声を聞き、未だかつてない経験をしました。心に大きな喜びを懐き、疑いは既に無くなりました。昔から仏の教えを受けてきた私ですが、利他の精神を説く大乗の教えを、もう失うことはありません。

仏の声は不思議であり、衆生の苦悩を鮮やかに取り除かれます。私の煩悩は既に衰えてはいましたが、この声を聞き、さらに苦悩は消え去りました。

かつて私が山や谷で暮らし、あるいは林の樹の下にあって、座り、歩き回っていた時。私は常にこのことを思い考え、嘆き、深く自分を責めました。
『どうして、自らを欺いたのだろうか』と。

私たちもまた仏の弟子であり、同じように迷いを離れたはず。なのに、未来において、この上なく尊い道を説くことはできないのか。金色の皮膚、三十二の相、十の力や諸々の解脱。これらはすべて『無相(むそう)』、固定的な姿なき真理の中にあり、縁に応じて変化するもの。だが、私はその事を得ていなかった。

八十種の優れた特徴、仏のみが持つ十八種の特質。それら善行の報いを、私は既に失ってしまったのだと、私は一人歩き回りながら思っていました。仏が大衆の中で名声を十方に満たし、衆生の願いをかなえているのを見て、私は自分自身をだましていたのだと。

私は日夜、このことを問い続けたいと思っていました。自分は失ってしまったのか、それとも失わずにいるのかを。
世尊が菩薩たちを称賛なさるのを見るたび、私はそのことを思っていたのです。

しかし今、仏の声を聞いています。あなたは相手に合わせて仏法を説いていらっしゃる。迷いから真理へと導くために。
私はかつて誤った見解にこだわり、バラモンの師となっていました。しかし世尊は私の心を知り、誤った見解を抜き取り、安らぎを説いてくださいました。私は『空(くう)』の教えにより、生死の迷いを超越したと自惚れていました。だが、今ようやく自覚したのです。それは真実の悟りではなかったのだと。

もし仏になることができれば、三十二の相を持ち、天人や龍神たちも恭しく敬うでしょう。その時こそ、苦悩を滅ぼし尽くしたと言えるのです。
仏が大衆の中で『お前は仏になる』と説いてくださった。その説法を聞き、疑いは消えました。

初めは驚きました。悪魔が仏と偽って、私の心を混乱させようとしているのではないかと。しかし、仏は種々の原因と譬喩を用いて巧みに説法をされた。その安らかな様子は海のようであり、私の疑いは無くなりました。

過去の仏たちも、方便を用いてこの教えを説かれました。現在、そして未来の数えきれない仏たちも、同じように巧みな方法でこの教えを演説されるでしょう。今の世尊も、出家し、道を得てから今日まで、衆生を導くためにあらゆる方法を用いてこられた。

世尊は真実を説かれます。悪魔は決してこのようなことはしない。だから私は知ったのです。これは悪魔の業ではないと。私は疑いの網に陥っていただけだったのです。
仏の柔軟な声は、深く、清らかに響きます。私の心は歓喜し、後悔は消え、真実の智慧の中に留まっています。
私はきっと仏となり、尊敬を受け、諸々の菩薩を教化していくでしょう」

疑念という名の網を破り、仏の真実へと至る魂の転換

宿命。華光如来としての覚醒

仏は舎利弗に告げられた。その声は、重厚な響きを持って大衆を包んだ。

「私は今、この大衆の中において説く。
舎利弗よ、私は昔、二万億の仏の所において、この上ない道のためにお前を教化してきた。お前は長い間、私に従って学んできたのだ。私は巧みな方法でお前を導き、それゆえにお前は、私の教えの中に生まれてきた。

舎利弗よ。お前はかつて私がお前に抱かせた仏道への志を忘れ、自ら煩悩を消し去ったと思い込んでいた。だから私は今、お前の過去の記憶を呼び覚まし、本来願った道を忘れさせないために、この大乗経『妙法蓮華経』を説く。これは仏が心にかけ、守り抜いてきた教えだ」

釈尊の眼差しは、遠い未来を射抜いていた。

「舎利弗よ。お前は未来の来世において、計り知れない時間を過ぎ、幾千万億の仏を供養し、正しい法を保持して、きっと仏となる。
その名は『華光(けこう)如来』。応供、正遍知……十の称号を持つ至高の存在だ」

その国土の名は『離垢(りく)』。
大地は平坦で清らか。瑠璃が敷き詰められ、黄金の縄が道を仕切る。七宝の樹には常に花と果実が実り、安穏と喜びに満ちている。

「華光如来もまた、三種類の教え(三乗)を用いて衆生を救うだろう。その時代を『大宝荘厳(だいほうしょうごん)』と呼ぶ。なぜなら、その国では菩薩こそが最大の宝だからだ。その菩薩たちは数えきれないほどおり、皆、長い修養を経て、仏に称賛される確固たる意志を持っている。

華光如来の寿命は十二小劫。その国の人民の寿命は八小劫。
華光如来は入滅に際し、堅満(けんまん)菩薩に未来の予言を授けるだろう。『この堅満菩薩が、次に仏となる。名は華足安行(けそくあんぎょう)である』と。その国土もまた、等しく美しいものであるだろう」

舎利弗は、静かにその宿命を受け入れた。
背筋を伸ばし、一歩を踏み出す。その心には、もう一点の曇りもなかった。

未来の浄土「離垢」に広がる、黄金の縄で仕切られた瑠璃の大地

次のエピソード:譬喩品第三②を読む


■ 主な参照文献

  • 『現代語訳 法華経』(2025年11月刊」)
    創価学会教学部 編(聖教新聞社)
    ※本文の構成・現代語訳・語義理解の確認に使用
  • 『法華経(上)』
    坂本幸男・岩本裕 訳注(岩波文庫、岩波書店)
    ※サンスクリット原典の構造および仏教用語の学術的確認のため参照
  • 『妙法蓮華経 並開結』
    (鳩摩羅什 訳)
    ※漢訳原典に基づく章構成・ストーリーの流れの確認に使用
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