法華経「化城喩品(けじょうゆほん)第七」の最後です。世尊による詩(偈頌)の現代語訳です。遥かな過去からの因縁話と、この品の名にもなっている「化城(けじょう=仮の城)の譬え」が、美しい韻文のリズムで語り直されます。 厳しい修行の旅路で疲れ果てた弟子たちに、仏がなぜ「小乗の悟り」という仮のゴールを用意したのか。その慈悲深い理由と、「本当の宝(一仏乗)」へ向かう再出発の決意を描きます。
十劫の沈黙、光の祝祭
世尊は、大通智勝仏(だいつうちしょうぶつ)の物語を、詩に託して再び語り始めた。 その声は、悠久の時を超えて響く鐘のように、弟子たちの心に染み渡った。
――大通智勝仏は、十劫(じっこう)もの長い間、道場に座っておられた。 だが、仏の法は現れず、悟りは開かれず、仏道を成すことはできなかった。 その間、諸々の天人、神、龍王、阿修羅たちは、常に天の花を雨のように降らせて、かの仏を供養し続けた。 諸々の天人は天の鼓を打ち鳴らし、共に妙なる伎楽(ぎがく)を演奏した。 香しい風が吹き来たり、萎れた花を吹き去り、さらに新しい天花を降らせる。
そして十小劫が過ぎ終わり、ついに仏道を成すことを得た。 諸々の天人や世の人々は、心に皆踊り上がるような喜びを起こした。 かの仏の十六人の王子と、そのすべての従者たち、百千万億の人々は、共に王子らを囲み、右回りに巡って礼拝し、共に仏の所へ行った。 仏の足に額づいて礼拝し、教えの輪を転ずることを請うた。 「聖なる獅子よ、教えの雨によって、私とすべての者たちを満たしてください」
世尊にお会いすることは非常に難しい。優曇華(うどんげ)の花のように、遠い過去や未来において一度だけ現れる稀有なことだ。 その出現は、全てを震動させた。 東方の諸世界、五百万億国の梵天王の宮殿は光り輝き、未だかつてなかったことであった。 諸々の梵天はこの現象を見て、互いに尋ね合い、仏のところに集まった。 天花を散じて供養し、共に宮殿を奉献し、仏に教えの輪を転じたまえと請うて、詩を説いて賛嘆した。
だが、仏はその時がまだ来ていないと知っていて、請い願われても黙然として座られていた。 南、西、北、四維(北東・東南・西南・西北)、上下もまた同じであった。 全宇宙から梵天王たちが集まり、花を散らし、宮殿を奉献し、仏に教えの輪を転ずることを願った。
「世尊にお会いすることは非常に難しい。願わくは大慈悲によって、広く仏の教えの門を開き、この上ない教えの輪を転じてください」

迷宮の出口、十六の王子
計り知れない智慧を持つ世尊は、彼らの願いを受け入れた。 そして、種々の教え――四諦(したい)や十二因縁(じゅうにいんねん)をお説きになった。
――十二因縁の第一、最も根本的な煩悩である無明(むみょう)から、老いて死に至るまで、みな誕生の縁に従って存在する。 あなたたちは、このような人々の過ちや苦しみを、当然知るべきである。
この教えをお説きになるとき、六百万億垓(がい)の生きる者たちが、諸々の苦悩を超えることを得て、皆阿羅漢となった。 第二の説法の時も、千万のガンジス河の砂の数に等しい人々が、諸々の教えを受けることなく、また阿羅漢を得ることができた。 これより後に涅槃の彼岸に至る者は、その数は計り知れず、万億劫の長い時間をかけて数えても、その数を知ることはできないほどだった。
その時に、十六人の王子たちは出家して沙弥(しゃみ=見習い僧)となった。 皆共に、かの仏に「すべての人間の平等な救済と成仏を説く大乗の教えを説きたまえ」と願った。
「私たちと従う者たちが、皆きっと仏道を成すでしょう。願わくは世尊のように、第一に清浄であり、一切の事物を空であると見通す智慧の目を得たいのです」
仏は、童子の心や前世での行いを全て知っておられ、計り知れないほど多くの因縁と、種々諸々の譬え話をもって教えられた。 布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の六波羅蜜、及び諸々の計り知れない不思議な神通の事を説き、真実の教え、仏道修行者の行うべき道を事理を思量し、この法華経のガンジス川の砂の数ほどある詩をお説きになった。
かの仏が経を説き終わり、静かな部屋で思いを静め、心を明らかにして真正の理を悟るための修行に入り、一心に一箇所に座ること、八万四千劫。 この諸々の沙弥たちは、仏が精神を集中した無我の境地からまだ出られないことを知り、計り知れないほど多くの人々のために、仏のこの上ない智慧を説いた。 それぞれ法座に座り、この大乗の教えを説いた経典を説き、仏が静かな境地に入られた後において、宣言し、教えに導き、助けることを続けた。 一人一人の沙弥たちが、悟りの境地に導いた諸々の生命のあるものすべては、六百万億であり、ガンジス川の砂の数ほどの多くの人々であった。
かの仏がこの世を去られた後、この諸々の教えを聞いた者たちは、あちこちの仏の国に住み、常に師とともに生まれ変わる。 この十六人の沙弥たちは、仏の教えを身に付けて仏道を実行して、今現に十方に存在して、それぞれ真の悟りを成すことを得られた。 その時の教えを聞いた者は、各々諸々の仏の所に存在するのだ。 その自己の悟りのみを求める修行者の位に留まる声聞の者たちは、仏道によって徐々に教化される。
わたし(釈迦牟尼仏)は、この十六人の中の一人であって、かつてお前たちのために説いたことがある。 このために、真実の教えに導くため仮にとる便宜的な手段を用いて、お前を導いて仏の智慧に向かわせるのだ。 この前世から定まった運命の因縁によって、今、法華経を説いて、お前を仏道に入らせる。 驚き、恐れることはないのだ。

化城の譬え――休息と再出発
仏は、さらに分かりやすい譬えで、方便の真意を明かされた。
――たとえば、険しく悪い道で、遠く遥かな荒野に害のある獣が多くいて、また水や草もなく、人が恐れる所があったとする。 数え切れない千万の人々が、この険しい道を通り過ぎようとした。 その道は非常に遠い道のりで、五百由旬(約3500km)の距離があった。
その時に一人の案内人がいた。 知識があり智慧があった。明瞭であり心が定まっていて、険しい状況において人々の難を救った。 人々は疲れ、怠け心を起こして案内人に向かって言った。
「わたしたちは疲労して疲れきり、ここから引き返そうと思います」
案内人はこのように思った。
「この者たちは非常に哀れだ。何で引き返して、大いなる珍しい宝を失おうとするのか」
そしてその時に、目的を達するための便宜上の手段を思いついた。今、当然神通力を使うべきだ、と。
大きな城壁で囲まれた町を仮に作って、諸々の邸宅を飾りつけた。 庭と木立で囲み、流れる水と沐浴のための池、二重の門と高い楼閣があって、男も女も皆満足した。 この幻想を作り終わってすぐに、人々を慰めて言った。
「恐れることはない。お前たちはこの城に入ったならば、それぞれの場所で楽にしなさい」
人々が城に入ったとき、心は皆大いに歓喜した。 皆、安穏の思いを生じて、自ら救われることができたと言った。 案内人は休息をとったことを知って、人々を集めて告げた。
「お前たちは今、当然前進するべきだ。これは幻の都市以外の何物でもない。わたしはお前が疲労が極まって、途中で引き返そうとしたのを見た。さらに導くのに臨機応変の手だてを用いる智慧の働きを使って、仮にこの城を作ったのだ。お前たちはいま一生懸命に雑念を去り仏道修行に専心して、まさに共に宝のある場所へたどり着かなければならない」
わたしもまたこれと同じように、全てのための案内人である。 諸々の道を求めている者が、途中で落胆し疲れ果てて、生まれては死に、死んでは生まれる苦しみや煩悩の諸々の険しい道から悟りの境地へ渡れないのを見て、そのために導くのに臨機応変の手だてを用いる智慧の働きを用いて、休息させるために仮の安らぎを説いて、
「お前たちの苦悩はなくなり、やるべきことは全て終わった」と言ったのだ。
既に智慧の完成した悟りの境地に至り、皆阿羅漢の位を得たと知って、それから人々を集めて、人々のために真実の教えを説く。 諸々の仏は、衆生を導くのに臨機応変の手だてを用いる智慧の働きを用いて、もろもろの事理を思量し識別して、衆生を悟りに導く三種の教法、すなわち、声聞乗・縁覚乗・菩薩乗をお説きになるのだ。 ただ生きとし生けるもの全てが区別なく仏の悟りに到達することができるようにする教えのみがあるのだが、休息のために二つの教えを説いたのだ。
今、お前のために真実を説く。 お前の得たところは、真実の悟りの境地ではない。 仏の一切のものについて完全に知る智慧のために、当然大いに雑念を去り仏道修行に専念する心を起こすべきである。 お前は一切のものについて完全に知る智慧と、仏のみがもつ十種の超人的な知力を証明し、仏のみが持つ三十二の特徴的な相を持てば、すなわちこれが真実の悟りの境地である。
諸々の仏の案内人は、休息させるために一切の悩みや束縛から脱した円満・安楽の涅槃の境地をお説きになる。 既にお前が休息し終えたと知れば、仏の物事をよく見極め道理を正しく把握する智慧に導き入れるのである。





■ 主な参照文献
- 『現代語訳 法華経』(2025年11月刊」)
創価学会教学部 編(聖教新聞社)
※本文の構成・現代語訳・語義理解の確認に使用 - 『法華経(上)』
坂本幸男・岩本裕 訳注(岩波文庫、岩波書店)
※サンスクリット原典の構造および仏教用語の学術的確認のため参照 - 『妙法蓮華経 並開結』
(鳩摩羅什 訳)
※漢訳原典に基づく章構成・ストーリーの流れの確認に使用
