【現代語訳で読む】妙法蓮華経(法華経)妙音菩薩品第二十四:東方から来た巨大な菩薩

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はじめに
法華経の第二十四章にあたる「妙音菩薩品(みょうおんぼさっぽん)第二十四」は、釈尊(お釈迦様)が放った光に導かれ、はるか東方の「浄光荘厳国(じょうこうしょうごんこく)」という世界から、「妙音(みょうおん)菩薩」という巨大で美しい菩薩がやってくる壮大な章です。
妙音菩薩は相手を救うために三十四種類の様々な姿(三十四身)に変化する自在な力を持っており、その力の源と、娑婆世界を訪れた際の華やかな供養の様子が描かれます。法華経のスケールの大きさが際立つこの章の全文を、現代語訳でお届けします。

目次

浄光荘厳国と妙音菩薩

その時に釈迦族の聖者の如来は、徳の高いりっぱな人相である頭頂部に一段高く碗形に隆起している部分(肉髻:にっけい)から光明を放ちました。そして眉間の長く白い巻き毛(白毫:びゃくごう)から光を放って、普く東方八万億那由他のガンジス河の砂の数に等しい諸仏の世界を照らされました。

これらの数の国を過ぎて、浄光荘厳(じょうこうしょうごん)という名の世界がありました。その国に仏がいらした。浄華宿王智(じょうけしゅくおうおち)如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と名づけ奉りました。
無量無辺の悟りを求める修行者の大衆に恭しく敬われ、尊者のまわりを右回りに歩く作法で礼拝され、彼らの為に教えを説かれていました。

釈迦族の聖者の如来の長く白い巻き毛の光明は、遍くその国を照らしました。
その時に浄光荘厳国の中に、一人の悟りを求める修行者がいました。その名を妙音(みょうおん)と言いました。既に永い間、自らを高め他を感化する精神的能力を得るための諸々の修養をして、無量百千万億の諸仏を供養し親しく近づいて、非常に深く正しく物事を認識し判断する能力を悉く完成していました。

妙法蓮華経の幢の姿を心に保持することに精神を集中して乱さない境地(妙幢相三昧)、法華経の教えを銘記し読誦し解説し書写し精神を集中して乱さない境地(法華三昧)、修養によって得た自らを高め他を感化する清らかな精神的能力をそなえ精神を集中して乱さない境地(浄徳三昧)、長い間仏道において優れた徳をそなえ自由自在に修行を行い精神が集中していて乱れない境地(宿王戯三昧)、だれのためというような対象の区別がなくすべて平等であり精神が集中して乱れない境地(無縁三昧)、仏の知恵を体現し精神が集中して乱れない境地(智印三昧)、一切の人々の言葉を理解し記憶することに精神を集中して乱れない境地(解一切衆生語言三昧)、全ての現世や来世に幸福をもたらすもとになる善行を集めることに精神を集中して乱れない境地(集一切功徳三昧)、煩悩・私欲・罪悪などがなく心の清らかなことに精神を集中して乱れない境地(清浄三昧)、どんなことも自由自在になし得る計り知れない不思議な働きによって心にまかせて自由自在に振る舞い精神を集中して乱れない境地(神通遊戯三昧)、たいまつの火が物事をよく見極め道理を正しく把握し照らし出すように精神を集中して乱れない境地(慧炬三昧)、智慧と福徳と相好などで身を飾ることを願い精神を集中して乱さない境地(荘厳王三昧)、心身から発する慈悲や智慧の光によって照らし精神を集中して乱さない境地(浄光明三昧)、清浄な教えの蔵を心に持って精神を集中して乱さない境地(浄蔵三昧)、ともに並ぶものがない仏の知恵に精神を集中して乱さない境地(不共三昧)、太陽がくるくる回り全てを照らすように仏の知恵で全てのものを照らし出すことに精神を集中して乱さない境地(日旋三昧)を得ていました。


この様な百千万億のガンジス河の砂の数に等しい諸々の、心を一つの対象に集中して動揺しない状態(三昧)を得ていたのです。

釈迦族の聖者の如来の光は、その身(妙音菩薩)を照らしました。そして直ぐに妙音菩薩は、浄華宿王智仏に向かってこう言いました。
「世尊よ、私は当然娑婆世界に行き詣でるべきです。釈迦族の聖者の如来を礼拝し親しく近づき供養し、そして文殊師利菩薩や、薬王菩薩や、勇施菩薩、宿王華菩薩、上行意菩薩、荘厳王菩薩、薬上菩薩を見ることができるでしょう」

その時に浄華宿王智仏は、妙音菩薩にお告げになりました。
「おまえはあの国を見下げて、下品で卑しいという思いを生じてはならない。仏法に帰依した男子よ。かの娑婆世界は高い所と低い所があり平坦でなく、土石・諸々の山・汚れと悪が充満している。仏の身体は卑しく小さく、諸々の悟りを求める修行者達もその姿形がまた小さい。


それなのに、おまえの身は四万二千由旬(29,400Km)もあり、わが身は六百八十万由旬(4,760,000Km)である。おまえの身は第一に端正であり百千万の福相があり、光明は特に優れて何ともいえないほど美しい。この理由のために、おまえが行ってあの国を見下げて、仏や悟りを求める修行者と国土に対して下品で卑しいという思いを生じてはならない」

妙音菩薩はその仏(浄華宿王智如来)に向かって言いました。
「世尊よ。私が今娑婆世界に詣でることは、みなこれ如来の力、如来の計り知れない不思議な働きによって心にまかせて自由自在に振る舞う力、如来の現世や来世に幸福をもたらすもとになる善行と真理を見極める認識力に荘厳される事によってであります」

娑婆世界への華やかな来訪

ここに妙音菩薩は座を立たず身を動揺させず、心を一つの対象に集中して動揺しない状態に入り、心を一つの対象に集中する力によって、耆闍崛山(ぎじゃくっせん)に於いて法座にほど遠からぬ所に、八万四千の多くの宝石に飾られた蓮花を特別な力で創造しました。閻浮提の雪山の北、香酔山南麓の無熱池(むねっち)のほとりに大森林をなすという閻浮樹の森を流れる川の底からとれるという砂金(紫磨黄金)を茎とし、葉は白銀で、雄しべと雌しべは金剛で、その台は甄叔迦(けんしゅくが)という木に咲く花の色に似た赤い宝石でできていました。

その時に文殊師利法王子は、この蓮花を見て仏にこう言いました。
「世尊よ。これは何の内的原因と外的原因があって、はじめにこのめでたいしるしが現れたのですか。多くの千万の蓮花があり、茎は閻浮樹の森を流れる川の底からとれるという砂金、葉は白銀、雄しべと雌しべは金剛、その台は甄叔迦という木に咲く花の色に似た赤い宝石でできています」

その時に釈迦族の聖者の如来は、文殊師利にお告げになりました。
「これは妙音菩薩摩訶薩が浄華宿王智仏の国より、八万四千の悟りを求める修行者に周りを右回りに歩く作法で礼拝されてこの娑婆世界にやって来て、私を供養し親しく近づき礼拝しようと願い、また法華経を供養し聴こうと欲しているのだ」

文殊師利は仏に向かって言いました。
「世尊よ。この悟りを求める修行者は、どのような仏の悟りを得るもとになる善根功徳を植え、どのような現世や来世に幸福をもたらすもとになる善行を修めて、よくこの偉大な超人的な能力があるのでしょうか。どのような心を一つの対象に集中して動揺しない状態を行ずるのでしょうか。願わくは我らの為にこの心を一つの対象に集中して動揺しない状態の名を説きたまえ。我らもまたこれを習い修行したいと願っております。


この、心を一つの対象に集中して動揺しない状態を行じて、そしてこの悟りを求める修行者の肉眼で見ることのできる姿形の大小、規律にかなった起居動作、立ち居振る舞いを見たいのです。願わくは世尊よ。超人的な能力によって彼の悟りを求める修行者がやって来たときに、我らがその悟りを求める修行者を見る事が出来るようにさせたまえ」

その時に釈迦族の聖者の如来は、文殊師利にお告げになりました。
「この長い間生死の迷いを超越した悟りの境地に入っていた多宝如来が、当然おまえたちの為にその姿を現すに違いない」

その時に多宝如来は、彼の妙音菩薩にお告げになりました。
「仏法に帰依した男子よ。娑婆世界にやって来なさい。文殊師利法王子はおまえの身を見たいと願っている」

その時に妙音菩薩は彼の国土からいなくなって、八万四千の悟りを求める修行者と共に出発してやって来ました。経由した所の諸々の国は六種に震動し、みな悉く七宝の蓮花を降らし、百千の天の音楽や打楽器は打たないのに自ら鳴りました。


この悟りを求める修行者の眼は広大な青蓮花の葉のようであり、たとえ百千万の月を合わせたとしてもその顔の端正なことを凌ぐことはできませんでした。身体は純粋の黄金の色であり、無量百千の現世や来世に幸福をもたらすもとになる善行に飾られていました。威厳と人徳は火が燃え上がるように勢い盛んであって光明照り映え、諸々の相が備わっていて那羅廷金剛(帝釈天とともに仏教を守護する神)の堅固な体のようでした。

七宝の楼台に入って虚空に昇り、大地から離れること七多羅樹(105m)、諸々の悟りを求める修行者衆に恭しく敬われ、周りを右回りに歩く作法で礼拝されてこの娑婆世界の耆闍崛山にやって来ました。やって来て七宝の楼台から下り、値百千もする玉を連ねた首飾りや腕輪を持って釈迦族の聖者の如来の所に至り、額に足を預いて礼拝し、玉を連ねた首飾りや腕輪を献上して仏にこう言いました。

「世尊。浄華宿王智仏は世尊に問い尋ねたまわれました。『病も少なく悩みも少なく、立ったり座ったりすることが軽く安楽にしていらっしゃるかどうか。地・水・火・風から成るお体は調和していらっしゃるかどうか。世間の事は忍びやすいかどうか。生命のあるものすべては悟りの境地に導きやすいかどうか。欲望にまかせて執着しむさぼること・自分の心に逆らうものを怒り恨むこと・心性が愚かで一切の道理にくらいこと・嫉妬・おごりたかぶって人を見くだすことが多い事はないかどうか。父母に孝行せず、僧となって仏法を修める人を敬わず、因果の道理を無視する誤った考え方や不善の心で五つの感情を制しようとしないような者がいるかいないか。


世尊。生命のあるものすべては諸々の悟りの妨げとなる煩悩・疑惑・懈怠(けたい)などの感情をよく防ぎおさえようとするかしないか。七宝の塔の中にいて永い間煩悩をすべて消滅させ完全な悟りの状態であった多宝如来は、やって来て教えを聴かれるかどうか』と。

また、多宝如来にお尋ねいたします。『安穏であり悩みが少なく耐え忍び、永い間おすごしになっていらっしゃるかどうか』。
世尊よ。私は今、多宝如来の身を見たてまつりたいと願います。ただ願わくは世尊、私に示して見させたまえ」

その時に釈迦族の聖者の如来は、多宝如来に語られました。
「この妙音菩薩は、お姿を見たてまつることを得ることを欲しています」
その時に多宝如来は、妙音菩薩に告げて言いました。
「素晴らしい、素晴らしい、おまえはよくぞ釈迦族の聖者の如来を供養し、そして法華経を聴きならびに文殊師利らに会う為にここにやって来た」

妙音菩薩の過去世と三十四身

その時に華徳(けとく)菩薩が仏に言いました。
「世尊。この妙音菩薩はどの様なよい報いを招くもとになる行為を行い、どの様な現世や来世に幸福をもたらすもとになる善行を修めて、この様な神通力があるのですか」

仏は華徳菩薩にお告げになりました。

「過去に仏がいらした。雲雷音王(うんらいおんのう)・多陀阿伽度(ただあかど)・阿羅訶(あらか)・三藐三仏陀(さんみゃくさんぶつだ)という名であった。国の名は現一切世間、劫の名は喜見であった。
妙音菩薩は、一万二千年の間十万種の伎楽によって雲雷音王仏を供養し、ならびに八万四千の七宝の鉢を献上した。この因縁と前世での行いの結果として現世で受ける報いによって、今は浄華宿王智仏の国に生まれてこのような超人的な能力があるのだ。

華徳よ、おまえはどう思うか。その時の雲雷音王仏の所で、妙音菩薩として伎楽によって供養し宝器を献上した者は他でもない、今のこの妙音菩薩摩訶薩であったのだ。華徳よ、この妙音菩薩は既にかつて無量の諸仏を供養し親しく近づき、永い間自らを高め他を感化する精神的能力を得るための修養をした。また、ガンジス河の砂の数に等しい百千万億那由他の仏に会いたてまつった。

華徳よ、おまえはただ妙音菩薩のその身体がただここにのみ存在していると見ている。しかしこの悟りを求める修行者は種々の身体を現して、あちらこちらで諸々の生命のあるものすべての為にこの経典を説いているのだ。


或いは梵天の身をあらわし、或いは帝釈天の身を現し、或いは自在天の身を現し、或いは大自在天の身を現し、或いは天の大将軍の身を現し、或いは毘沙門天の身を現し、或いは転輪聖王の身を現し、或いは諸々の小王の身を現し、或いは長者の身を現し、或いは在家男子の身を現し、或いは宰相や官吏の身を現し、或いは婆羅門の身を現し、或いは出家男子・出家女子・在家信士・在家信女の身を現し、或いは長者・在家男子の妻の身を現し、或いは宰相や官吏の妻の身を現し、或いは婆羅門の妻の身を現し、或いは童男・童女の身を現し、或いは天人・龍・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅伽・人間・人間でないものなどの身を現してこの経を説く(三十四身)。

あらゆる地獄・餓鬼・畜生、及び諸々の困難な状況を皆巧みに救済する。あるいは王の後宮においては変化して女の身となってこの経を説く。


華徳よ、この妙音菩薩は煩悩に耐えなければならない娑婆世界の諸々の生命のあるものすべてを巧みに救う者である。この妙音菩薩は、このように種々に変化して身を出現してこの煩悩に耐えなければならない娑婆国土にあって、諸々の生命のあるものすべての為にこの経典を説く。しかも、どんなことも自由自在になし得る計り知れない不思議な力や、本来の形を変えて種々の姿を現す力も、物事をありのままに把握し真理を見極める認識力に於いても損ねたり減ったりすることがない。

この悟りを求める修行者は、多くの物事をありのままに把握し真理を見極める認識力によってはっきりと娑婆世界を照らして、一切の生命のあるものすべてにそれぞれの知るべき所を得させた。十方のガンジス河の砂の数に等しい世界の中に於いてもまたまたこのようであった。


もしも、自己の悟りのみを求める修行者の姿で悟らせて彼岸へ渡すのがよい者には、自己の悟りのみを求める修行者の形を現して彼らの為に教えを説き、独力で悟りながら他人に説かない小乗の聖者の姿で悟らせて彼岸へ渡すのがよい者には、独力で悟りながら他人に説かない小乗の聖者の姿を現して彼らの為に教えを説き、悟りを求める修行者の形で悟らせて彼岸へ渡すのがよい者には、悟りを求める修行者の姿を現して彼らの為に教えを説き、仏の姿で悟らせて彼岸へ渡すのがよい者には、仏の姿を現して彼らの為に教えを説く。


このように種々に悟らせて彼岸へ渡す所の者に応じて、そのために形を出現する。世を去る事によって救うのがよい者には世を去ることも示した。華徳よ、妙音菩薩摩訶薩が偉大などんなことも自由自在になし得る計り知れない不思議な力と物事をありのままに把握し真理を見極める認識力を成就している事はこのようである」

その時に華徳菩薩は仏に言いました。
「世尊よ。この妙音菩薩は深くよい報いを招くもとになる行為を行いました。世尊、この悟りを求める修行者はどのような心を一つの対象に集中して動揺しない状態に留まり、よくこのようにいたる所に姿を変えて現れ生命のあるものすべてを救うのですか」

仏は華徳菩薩にお告げになりました。
「仏法に帰依した男子よ、その心を一つの対象に集中して動揺しない状態は現一切色身という名である。妙音菩薩はこの心を一つの対象に集中して動揺しない状態の中に留まって、巧みにこのように無量の生命のあるものすべての心を豊かにし願いをかなえたのだ」

この妙音菩薩品を説かれたとき、妙音菩薩と共にやって来た者八万四千人は皆、現一切色身三昧(その身が清らかであるため、三千大千世界の生命のあるものすべての生まれる時や死ぬ時、上下・好醜・善所悪所が悉く身の中に反映され現れること)を得ました。この娑婆世界の無量の悟りを求める修行者は、またこの心を一つの対象に集中して動揺しない状態と教えを記憶して保つ力とを得ました。

その時に妙音菩薩摩訶薩は、釈迦族の聖者の如来と多宝如来の塔とを供養し終って本土に帰りました。経由した所の諸々の国は六種に震動して宝石の蓮華を降らし、百千万億の種々の伎楽を奏でました。
既に本国に到着して八万四千人の悟りを求める修行者にまわりを右回りに歩く作法で礼拝され、浄華宿王智仏のもとに至って仏に向かってこう言いました。

「世尊よ。私は娑婆世界に行って生命のあるものすべてを豊かに利益し、釈迦族の聖者の如来を見たてまつり、多宝仏の塔も見たてまつって礼拝供養いたしました。また文殊師利法王子菩薩を見、そして薬王菩薩・得勤精進力菩薩・勇施菩薩らを見ました。また、この八万四千人の悟りを求める修行者に現一切色身三昧を得させました」

この妙音菩薩来往品を説かれたとき、四万二千人の天子が生じることも滅することもないという真理を認識すること(無生法忍)を得、華徳菩薩は法華経の教えを銘記して読誦し解説し書写し精神を集中して乱さないこと(法華三昧)を得ました。

■ 主な参照文献

  • 『現代語訳 法華経』(2025年11月刊」)
    創価学会教学部 編(聖教新聞社)
    ※本文の構成・現代語訳・語義理解の確認に使用
  • 『法華経(上)』
    坂本幸男・岩本裕 訳注(岩波文庫、岩波書店)
    ※サンスクリット原典の構造および仏教用語の学術的確認のため参照
  • 『妙法蓮華経 並開結』
    (鳩摩羅什 訳)
    ※漢訳原典に基づく章構成・ストーリーの流れの確認に使用

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