法華取要抄
文永11年(1274年)
はじめに
「法華取要抄」は、文永11年(1274年)、日蓮大聖人が佐渡流罪を赦免されて鎌倉に戻り、その後、身延に入山された直後の5月に著されたとされる御書です。弟子の富木常忍(ときじょうにん)に与えられたと考えられています。
本作では、インドから中国、日本へと伝わってきた無数の経典の中で、どの教えが最も優れているのかという議論に対し、各宗派の祖師たちの主張に惑わされることなく、経文そのもの(法華経法師品の「已今当」の文など)を根本とすべきであると説かれています。
さらに、法華経が他の諸経より優れている最大の理由として、釈尊が遠い過去から衆生を教化してきたこと(三千塵点劫)と、釈尊の永遠の寿命と成仏(五百塵点劫)を明かしている点を挙げています。
そして、法華経本門の教えは、過去や在世の衆生のためではなく、仏滅後の末法を生きる私たちのために説かれたものであり、その末法に弘められるべき究極の法こそが「本門の本尊・戒壇・題目の五字」であると明かしています。
結びにおいては、当時の日本を襲っていた大地震や彗星、複数の太陽が現れるなどの相次ぐ天変地異は、決して単なる自然現象ではなく、国が正法に背いているゆえの天の怒りであり、同時に「南無妙法蓮華経」が全世界に広宣流布していくための先相(前兆)であるという大いなる確信が綴られています。

諸宗の主張と経論の勝劣
日本の僧侶 日蓮 これを述べる
そもそも考えてみますと、インドから中国・日本に渡来した経典や論書は五千、七千余巻になります。その中の諸々の経典・論書の勝劣(優劣)、浅深(浅い深い)、難易、先後などを、自分の見解に任せてわきまえることは、その能力に及びません。
人に従い、宗派に依ってこれを知ろうとすれば、その見解は紛糾してしまいます。
いわゆる華厳宗は言います。「一切経の中でこの経(華厳経)が第一である」と。
法相宗は言います。「一切経の中で深密経が第一である」と。
三論宗は言います。「一切経の中で般若経が第一である」と。
真言宗は言います。「一切経の中で大日の三部経が第一である」と。
禅宗は言います。ある者は「仏の教えの内では楞伽経が第一である」と言い、ある者は「首楞厳経が第一である」と言い、あるいは「教外別伝(経典の言葉によらず以心伝心で伝える)の宗である」と言います。
浄土宗は言います。「一切経の中で浄土の三部経が、末法の時代に入っては人々の機根と教えが相応して第一である」と。
倶舎宗・成実宗・律宗は言います。「四阿含経ならびに律と論は仏の説である。華厳経・法華経などは仏の説ではなく、外道(仏教以外)の経典である」。
あるいはこう言い、あるいはああ言います。
そうであるのに、彼らの宗派の元祖等は、杜順・智儼・法蔵・澄観、玄奘・慈恩、嘉祥・道朗、善無畏・金剛智・不空、道宣・鑑真、曇鸞・道綽・善導、達磨・慧可等であります。
これらの三蔵や大師等は、皆聖人であり、賢人であります。智慧は太陽や月と等しく、徳は四海(天下)に広がっています。
その上、それぞれが経典・律・論に依拠しており、さらに互いに証拠を持っています。したがって王や臣下は国を傾けるほど尊び、土地の民衆はこれを仰いでいます。
末世の偏った学者が、たとえその是と非を論じたとしても、人は信用するに至りません。
そうであるとはいえ、宝の山に来て登りながら瓦や石を採取し、白檀(栴檀)の香木の林に歩み入りながら悪臭のする伊蘭を懐に収めたならば、後悔を残すことでしょう。
ゆえに万民の謗りを捨てて、みだりに(先入観で)取捨の判断を加えます。我が門弟よ、詳細にこれを尋ね究めなさい。
経文に基づく法華経の絶対的優位性
そもそも、諸宗の人の師匠等は、あるいは旧訳の経論を見て新訳の聖典を見ず、あるいは新訳の経論を見て旧訳を捨て置き、あるいは自宗の曲がった教えに執着して自分の独自の義に従い、愚かな見解を書き留めて後代に付け加え、切り株に当たった兎を見て驚き騒いで兎や獣を探し求めるように本質を見失い、円い扇を見て空の月を想像するような智慧しか持っていません。
非を捨てて道理を取るのが智人であります。
今、末世の論師や昔の人の師匠の邪義を捨て置いて、もっぱら根本の経典・論書を引き出して見るならば、五十余年の諸経の中で、法華経第四の法師品の中にある「已今当(已に説き、今説き、当に説かん)」の三字が最も第一であります。諸々の論師や諸々の人の師匠は、定めてこの経文を見たのでしょうか。
そうであるとはいえ、あるいは似たような経文に狂い、あるいは自らの師匠の邪った理解に執着し、あるいは王や臣下等の帰依を失うことを恐れたのでしょうか。
いわゆる、金光明経の「是れ諸経の王なり」、密厳経の「一切経の中の勝なり」、六波羅蜜経の「總持第一なり」、大日経の「云何なるか菩提なる」、華厳経の「能く是の経を信ずるは最も為れ難しとなす」、般若経の「法性に会入して一事をも見ず」、大智度論の「般若波羅蜜は最も第一なり」、涅槃論の「今日の涅槃の理」等であります。
これらの諸文は法華経の「已今当」の三文字に似ている文であります。
そうであるとはいえ、あるいは梵天・帝釈・四天王等の諸経と対比すれば「是れ諸経の王」であります。あるいは小乗経と相対すれば「諸経の中の王」であります。あるいは華厳経・勝鬘経等の経と相対すれば「一切経の中の勝」であります。
全く五十余年の大小・権実・顕密の諸経に相対して「是れ諸経の王」「大王」であるというわけではありません。
所詮、比較の対象を見て経々の勝劣をわきまえるべきであります。強敵を平伏させて初めて大きな力を知り見るようなものが、これにあたります。
その上、諸経の勝劣は釈尊一仏の浅深であります。全く多宝仏や分身の仏の助言を加えたものではありません。私説をもって公の事に混同してはなりません。
諸経は、あるいは二乗(声聞・縁覚)や凡夫を相手として小乗経を演説し、あるいは文殊・解脱月・金剛薩埵等の弘伝の菩薩に向かって説かれたものであり、全く地涌の千界の上行菩薩等に向かって説かれたものではありません。
三・五の二法(三千塵点劫と五百塵点劫)
今、法華経と諸経とを相対するに、法華経が釈尊一代の教えを超過していることが二十種類あります。
その中に最も重要なものが二つあります。いわゆる「三」と「五」の二法であります。
「三」とは三千塵点劫のことです。諸経はあるいは釈尊の因位(修行の期間)を明かすのに、あるいは三大阿僧祇劫、あるいは動喩塵劫、あるいは無量劫としています。
大梵天王は言います。「この国土には二十九劫の昔から知行の主である」。第六天の魔王や帝釈・四天王等もまたこの通りです。釈尊と梵王等とは、どちらが先に知行(支配)したかについて諍論します。しかしながら釈尊が指を一本挙げてこれを降伏させて以来、梵天は頭を傾け、魔王は掌を合わせ、三界の衆生をして釈尊に帰伏させたのがこれです。
また諸仏の因位(修行の期間)と釈尊の因位とを糾明しますと、諸仏の因位はあるいは三祇、あるいは五劫等であります。
釈尊の因位はすでに三千塵点劫というはるか昔から、この娑婆世界の一切衆生と縁を結ばれた大菩薩でありました。この世界の六道の一切衆生は、他の国土の他の菩薩に有縁の者は一人もいません。
法華経に言います。「その時に法を聞いた者は、各々諸仏の所にいる」等云々。
天台大師は言います。「西方極楽浄土の仏は別に縁が異なる。ゆえに子と父の義は成り立たない」等云々。
妙楽大師は言います。「阿弥陀仏と釈迦仏の二仏はすでに別々である。(中略)ましてや過去世の縁が別々であり、教化して導くことも同じではない。縁を結ぶことは生むことのようであり、成熟させることは養うことのようである。生むことと養うことの縁が異なれば、父と子の関係は成り立たない」等云々。
当世の日本国の一切衆生が、阿弥陀仏の来迎を待つことは、例えれば牛の子に馬の乳を含ませ、瓦の鏡に天の月を浮かべようとするようなものです。
「五」とは、果位(悟りの境地)をもってこれを論ずれば、諸仏如来は、あるいは十劫・百劫・千劫の昔からの過去の仏であります。教主釈尊はすでに五百塵点劫というはるか昔から、妙覚の果を満たした仏であります。
大日如来・阿弥陀如来・薬師如来等の尽十方の諸仏は、我等の本師である教主釈尊の従者等であります。天の月が万の水に浮かぶようなものがこれです。
華厳経の十方台上の盧遮那仏、大日経・金剛頂経の両界の大日如来は、法華経宝塔品の多宝如来の左右の脇士であります。例えれば世の王の左右の臣下のようなものです。この多宝仏も、寿量品の教主釈尊の従者であります。
この国土の我等衆生は、五百塵点劫の昔から、教主釈尊の愛する子であります。親不孝の罪によって今ではそれを自覚していないとはいえ、他方の国土の衆生には似るべくもありません。
縁の有る仏と縁を結んだ衆生とは、例えれば天の月が清らかな水に浮かぶようなものです。縁の無い仏と衆生とは、例えれば耳の聞こえない者が雷の声を聞き、目の見えない者が太陽や月に向かうようなものです。
本師釈尊への孝養と法華経の真意
それなのに、ある人の師匠は釈尊を見下して大日如来を仰ぎ尊び、ある人の師匠は「世尊は無縁である、阿弥陀仏は有縁である」と言います。
ある人の師匠は「小乗の釈尊」と言い、あるいは「華厳経の釈尊」と言い、あるいは「法華経迹門の釈尊」と言います。
これらの諸師ならびに檀那等が、釈尊を忘れて諸仏を取ることは、例えれば阿闍世太子が父の頻婆娑羅王を殺し、釈尊に背いて提婆達多に付いたようなものです。
二月十五日は釈尊が御入滅された日であり、ないし十二月十五日も三界の慈父の御遠忌であります。善導・法然・永観等の提婆達多に誑かされて阿弥陀仏の日と定めてしまいました。
四月八日は世尊が御誕生された日であります。これも薬師仏の日に取られてしまいました。
我が慈父の忌日を他の仏の日に替えるのは、孝養の者であると言えるでしょうか、いかがでしょうか。
寿量品に言います。「我は亦これ世の父なり。狂子を治せんがための故に」等云々。
天台大師は言います。「もともとこの国土の仏(釈尊)に従って初めて道心を発した。またこの仏に従って不退の境地に住した。乃至、ちょうど百の川が海に潮となって流れ込むように、縁に引かれて他の国土に生を受けることもまたこの通りである」等云々。
問うて言います。
法華経は誰のためにこれを説いたのでしょうか。
答えて言います。
法華経の方便品から人記品に至るまでの八品には二つの意味があります。
上から下に向かって次第にこれを読めば、第一は菩薩のため、第二は二乗のため、第三は凡夫のためであります。
安楽行品から勧持品・提婆達多品・宝塔品・法師品と逆の順序でこれを読めば、仏滅後の衆生を本(中心)とします。仏の在世の衆生は傍ら(副次的なもの)であります。
仏滅後をもってこれを論ずれば、正法一千年・像法一千年は傍らであります。末法を正(中心)とします。末法の中においては日蓮を正とします。
問うて言います。
その証拠はいかがでしょうか。
答えて言います。
「況んや滅度の後をや(ましてや仏の滅後の時代をや)」の文がこれです。
疑って言います。
日蓮を正とする正しい経文はいかがでしょうか。
答えて言います。
「諸の無智の人あって、悪口罵詈等をし、及び刀杖を加うる者あらん」等云々。
問うて言います。
自賛することはいかがでしょうか。
答えて言います。
喜びが身に余るがゆえに、堪え難くして自賛するのです。
本門における二つの心(略開近顕遠と広開近顕遠)
問うて言います。
本門の心(真意)はいかがでしょうか。
答えて言います。
本門において二つの心があります。
一つには、涌出品の「略開近顕遠(略して近きを開いて遠きを顕す)」は、前四味(法華経以前の経典)ならびに法華経迹門の諸々の衆生を悟脱させるためであります。
二つには、涌出品の「動執生疑(執着を動かし疑いを生ず)」から半分、ならびに寿量品、分別功徳品の半品、以上一品と二半を「広開近顕遠(広く近きを開いて遠きを顕す)」と名付けます。これは一向に仏滅後のためであります。
問うて言います。
「略開近顕遠」の心はいかがでしょうか。
答えて言います。
文殊・弥勒等の諸大菩薩、梵天・帝釈・日月・多くの星・龍王等は、釈尊が初めて成道した時から般若経に至るまでは、一人も釈尊の御弟子ではありませんでした。
これらの菩薩や天人は、釈尊が初めて成道した時、仏が未だ説法をなされない以前に不思議解脱の境地に住して、自ら別教と円教の二教を演説しました。釈尊はその後に阿含経・方等経・般若経を演説なさいました。そうであるとはいえ、これは全くこれらの諸人の得るところ(機根に合ったもの)ではありませんでした。すでに別教と円教の二経を知っているのであれば、蔵教と通教もまた知っています。勝れたものは劣ったものを兼ねるからです。
詳細にこれを論ずるならば、あるいは(彼らは)釈尊の師匠なのでしょうか。善知識というのはこのことです。釈尊に従うのではありません。
法華経の迹門の八品に至って、初めて「未だ聞いたことのない法(未聞の法)」を聞いて、これらの人々は弟子となりました。
舎利弗・目連等は鹿野苑(初めて説法した地)からの初発心の弟子であります。そうであるとはいえ、権法(仮の教え)のみを許されていました。今、法華経に至って実法(真実の教え)を授与され、法華経の本門の略開近顕遠に至って、華厳経からの大菩薩・二乗・大梵天・帝釈・日月・四天・龍王等は、位が妙覚(仏の最高の悟り)に隣り、また妙覚の位に入ったのです。
そうであれば、今我々が天に向かってこれを見るならば、生身の妙覚の仏が本来の境地に居して衆生を利益しているのが、これにあたります。
問うて言います。
誰のために「広開近顕遠」の寿量品を演説するのでしょうか。
答えて言います。
寿量品の一品と二半は、始めから終わりに行き着くまで、正しく仏滅後の衆生のためであります。仏滅後の中においては、末法今時の日蓮等のためであります。
疑って言います。
この法門は前代に未だこれを聞いたことがありません。経文にこれがありますか。
答えて言います。
私の智慧は過去の賢人を超えません。たとえ経文を引いたとしても誰人がこれを信ずるでしょうか。卞和(べんか)が泣き悲しみ、伍子胥(ごししょ)が悲傷したという故事がこれに当たります。
そうであるとはいえ、略開近顕遠・動執生疑の文に言います。
「然も諸の新発意の菩薩、仏の滅後に於て若し是の語を聞かば、或は信受せずして法を破する罪業の因縁を起さん」等云々。
この文の心は、「寿量品を説かなければ、末代の凡夫は皆悪道に堕ちてしまうだろう」等ということです。
寿量品に言います。
「是の好き良薬を今留めて此に在く」等云々。文の心は、表面的には過去の事を説いているように見えますが、この文をもってこれを考えますと、仏滅後を本(中心)としています。まず先例を引いているのです。
分別功徳品に言います。「悪世末法の時」等云々。
神力品に言います。「仏の滅度の後に 能く是の経を持たんを以ての故に 諸仏皆歓喜して 無量の神力を現じたもう」等云々。
薬王品に言います。「我が滅度の後、後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布して、断絶して悪魔等に便りを得せしむること無けん」等云々。また言います。「此の経は則ち為れ閻浮提の人の病の良薬なり」等云々。
涅槃経に言います。「譬えば七人の子があるようなものだ。父母は平等でないわけではないが、病の者に対しては心は偏に重くなる」等云々。
七人の子の中の第一と第二は、一闡提と謗法の衆生であります。諸々の病の中では法華経を謗ることが第一の重病であります。諸々の薬の中では南無妙法蓮華経が第一の良薬であります。
この一閻浮提(全世界)は縦横七千由旬あり、八万の国があります。正法と像法の二千年の間、未だ広宣流布しなかった法華経を、当世に当たって流布させなければ、釈尊は大いなる嘘をつく仏であり、多宝仏の証明は水の泡と同じであり、十方分身の仏の助舌(真実の証明)も実体のない芭蕉のようになるでしょう。
疑って言います。
多宝仏の証明、十方諸仏の助舌、地涌の菩薩の涌出、これらは誰のためですか。
答えて言います。
世間の思いでは「仏の在世のため」と言います。日蓮は言います。
舎利弗・目連等は、現在をもってこれを論ずれば智慧第一・神通第一の大聖人であります。過去をもってこれを論ずれば金龍陀仏・青龍陀仏であります。未来をもってこれを論ずれば華光如来です。霊山における境地をもってこれを論ずれば三惑(見思・塵沙・無明の迷い)を直ちに尽くした大菩薩であります。本来の姿をもってこれを論ずれば、内心に秘めて外に声聞の姿を現した古くからの菩薩であります。
文殊・弥勒等の大菩薩は、過去の古い仏であり、現在に応生して現れた姿であります。梵天・帝釈・日月・四天王等は初めて成道する以前からの大聖人であります。その上、法華経以前の前四味四教の教えは、一言でこれを悟りました。仏の在世には一人においても無智の者はいません。
誰の疑いを晴らすために多宝仏の証明を借り、諸仏が舌を出し、地涌の菩薩を召し出すのでしょうか。様々な点においていわれの無いことであります。
したがって経文に「況んや滅度の後をや」「法をして久しく住せしめん」等云々。
これらの経文をもってこれを考えますと、偏に我々末法の衆生のためであります。
したがって天台大師は当世を指して言います。「後の五百歳、遠く妙道に沾わん(潤うであろう)」。
伝教大師は当世を記して言います。「正像やや過ぎ已って、末法はなはだ近くに有り」等云々。
「末法太有近(末法はなはだ近くに有り)」の五字は、「私の時代は法華経が流布する時代ではない」と言う解釈であります。
滅後二千余年の秘法と広宣流布
問うて言います。
如来の滅後二千余年に、龍樹・天親・天台・伝教が残し置かれた秘法とは何物でしょうか。
答えて言います。
本門の本尊と戒壇と題目の五字(三大秘法)であります。
問うて言います。
正法・像法の時代にどうして弘通しなかったのでしょうか。
答えて言います。
正法・像法の時代にこれを弘通したならば、小乗教・権大乗教・法華経迹門の法門が一時に滅尽してしまうからです。
問うて言います。
仏法を滅尽させてしまう法を、どうして(末法に)弘通するのでしょうか。
答えて言います。
末法においては、大小・権実・顕密ともに教えのみが有って得道することがありません。一閻浮提が皆謗法の者となってしまいました。
逆縁(正法を謗ることでかえって縁を結ぶこと)の者のためには、ただ妙法蓮華経の五字に限るのみです。例えれば不軽品のようなものです。我が門弟は順縁であり、日本国は逆縁であります。
疑って言います。
どうして広(詳細)と略を捨てて要(要点)を取るのでしょうか。
答えて言います。
玄奘三蔵は略を捨てて広を好みました。四十巻の大品般若経を六百巻としました。羅什三蔵は広を捨てて略を好みました。千巻の大智度論を百巻としました。
日蓮は広と略を捨てて肝要を好みます。いわゆる、上行菩薩が伝え受けた「妙法蓮華経」の五字であります。
九方皐(きゅうほうこう)が名馬を相する(見極める)法は、毛色(玄黄)を省いて駿馬の素質(駿逸)を取ります。史陶林(しとうりん)の経を講ずるには細かい分類を捨てて根本の意を取ります等云々。
仏がすでに宝塔に入って二仏が座を並べ、分身の仏が来集し、地涌の菩薩を召し出して、肝要を取って末代に当たって五字を授与されたこと、当世において異論があるはずがありません。
疑って言います。
今の世にこの法を流布することに、前兆(先相)が有りますか。
答えて言います。
法華経に「如是相(かくのごとき相)、乃至本末究竟等」云々。
天台大師が言うには「蜘蛛が掛かれば喜び事が来り、カササギが鳴けば客人が来る。小さな事でさえなおもってこの通りである。ましてや大事においては言うまでもない」[意味を取る]。
問うて言います。
もしそうであれば、その前兆が有りますか。
答えて言います。
去る正嘉年間の大地震。文永の大彗星。それより以後、今に至るまでの種々の大きな天変地異、これらはこの先相であります。
仁王経の七難・二十九難、無量の難。金光明経・大集経・守護経・薬師経等の諸経に挙げる所の諸難は、皆有りました。ただ無かった所は、二つ、三つ、四つ、五つの太陽が出るという大難であります。
それなのに今年の佐渡の国の土地の民衆が口々に言います。「今年(文永十一年)正月二十三日の申の時(午後四時頃)に西方に二つの太陽が出現した。あるいは言う、三つの太陽が出現した」等云々。
「二月五日には東方に明星が二つ並んで出た。その中間は三寸ばかりであった」等云々。
この大難は日本国の先代にも未だ有らなかったのではないでしょうか。
最勝王経の王法正論品に言います。「変化の流星が堕ち、二つの太陽が同時に出で、他方の怨賊が来りて国人が喪乱に遭う」等云々。
首楞厳経に「或は二つの太陽をあらはし、或は両の月をあらはす」等。
薬師経に言います。「日月薄蝕(日食や月食)の難」等云々。
金光明経に言います。「彗星が数多く出て、二つの太陽が並んで現れ、薄蝕が一定しない」。
大集経に言います。「仏法が実に隠没せば、乃至、日月は明かりを現さない」等。
仁王経に言います。「日月が度を失い時節が狂い、あるいは赤い太陽が出て、黒い太陽が出て、二三四五の太陽が出て、あるいは日蝕して光が無く、あるいは日輪が一重二三四五重の輪を現す」等云々。
この日月等の難は七難・二十九難・無量の諸難の中で第一の大悪難であります。
災難の根本原因と広宣流布の確信
問うて言います。
これらの大中小の諸難は何に因ってこれを起こすのでしょうか。
答えて言います。
最勝王経に言います。「非法を行ずる者を見てまさに愛敬をなし、善法を行ずる人に於て苦楚(苦しめ)してしかも治罰する」等云々。
法華経に云々。涅槃経に云々。金光明経に言います。「悪人を愛敬し善人を治罰するに由るが故に、星宿及び風雨は皆時季をもって行われない」等云々。
大集経に言います。「仏法が実に隠没せば、乃至、是の如き不善業の悪王・悪比丘が我が正法を毀壊し」等。
仁王経に言います。「聖人が去らん時は七難が必ず起こらん」。また言います。「法に非ず、律に非ずして、比丘を繋縛すること獄囚の法の如くする。その時に当りて法の滅せんこと久しからず」等。また言います。「諸の悪比丘、多く名利を求め、国王・太子・王子の前に於て、自ら破仏法の因縁・破国の因縁を説かん。其の王がわきまえずして此の語を信聴し」等云々。
これらの明鏡をもって、当時の日本国を引き向かわせてみますと、天地を並べて合わせたように符合しています。眼の有る我が門弟はこれを見なさい。まさに知るべきです、この国に悪比丘等がいて、天子・王子・将軍等に向かって讒訴(偽りの訴え)を企て、聖人(日蓮)を失おうとする世なのであります。
問うて言います。
弗舎密多羅(ふしゃみったら)王・恵昌(武帝)天子・物部守屋等は、インド・中国・日本の仏法を滅失し、提婆菩薩・師子尊者等を殺害しました。その時どうしてこの大難が出なかったのでしょうか。
答えて言います。
災難は人(の罪の軽重)に従って大小が有るはずです。正法・像法の二千年の間の悪王・悪比丘等は、あるいは外道を用い、あるいは道士を語らい、あるいは邪神を信じました。仏法を滅失することは大きいように見えますが、その罪はなお浅いのでしょうか。
今、当世の悪王・悪比丘が仏法を滅失するのは、小乗をもって大乗を打ち、権教(仮の教え)をもって実教(真実の教え)を失わせるものです。人の心を削って身体は失わず、寺や塔を焼き尽くさないで自然にこれを喪ぼします。その罪は前代を超過しているのです。
我が門弟よ、これを見て法華経を信用しなさい。眼を見開いて(経文という)鏡に向かいなさい。天が怒るのは人に過失が有るからです。
二つの太陽が並び出るのは、一国に二人の国王が並ぶ相であります。王と王との闘諍であります。
星が日月を犯すのは、臣下が王を犯す(背く)相であります。太陽と太陽とが競い出るのは四天下一同の諍論であります。
明星が並び出るのは太子と太子との諍論であります。
このように国土が乱れた後、上行菩薩等の聖人が出現し、本門の三つの法門(三大秘法)を建立し、一四天・四海一同に妙法蓮華経が広宣流布することは疑いないことなのであります。

【参考文献】
本現代語訳は、日蓮大聖人の遺文の標準的な底本に基づき、仏教史および天台教観の文脈を考慮して独自に現代語訳したものです。翻訳および注釈の参考とした主要文献は以下の通りです。
1. 原典・遺文集
- 『日蓮大聖人御書全集』(創価学会)
- 創価学会教学出版委員会 編『日蓮大聖人御書全集 新版』(創価学会)
2. 現代語訳・解説書
- 渡辺宝陽・小松邦彰 訳注『日蓮書簡集』(岩波文庫)
- 中公バックス 大乗仏典 中国・日本篇 第24巻『日蓮』(中央公論社)
- 御書翻訳委員会 編『現代語訳 日蓮大聖人御書』(聖教新聞社)
3. 辞典・事典類
- 織田得能 著『仏教大辞典』(大蔵出版)
- 中村元ほか 編『岩波 仏教辞典』(岩波書店)
※なお、本記事の現代語訳は、上記の原典および参考文献に基づき、原文に忠実かつ現代人に読みやすくなるよう当ブログが独自に訳出したものです。